論理の感情武装

PDFに短し、画像ツイートに長し

「出たよ友人の筆跡オタク」

これは私の写経


私の彼女は、友人のくれたメッセージカードを見ながら悶える私を見て、そう評した。

筆跡オタク、ではない。

"友人の筆跡"オタク、である。

 

筆跡オタクと言ってしまうと、下のようなイメージになってしまうのではないだろうか。

① 筆跡鑑定士よろしく、点画の特徴を読み解き、「この字とこの字を書いた人は同じ人だな……? 俺にはわかる……」とニヤつく怪しい奴

あるいは、

② 「筆跡から性格が丸わかり!」みたいな根拠の乏しい言説に飛びついて、誰彼に対しても構わず字を論評し内面に踏み込んでくる怪しい奴

 

そう。私は斯様な怪しい奴では断じて無い。

筆跡から愛すべき友人たちの息吹を感じ、彼の者の筆跡を心から愛する求道者。

つまり、先に立つのは友人への愛。"友人オタク -side 筆跡-"とでも言うべき存在である。

 

①や②より怪しい奴かもしれない。

 

 * * *

 

私が一番好きなのは他でもない、私自身の字である。

これはある意味当然の話で、自分が好きな字を書くようにしてきたからに他ならない。

小さな頃より、「字って人前でめっちゃ書かされるけど、"綺麗な字"とかなんとかいう評価が下るってことは、美的センスを晒してるのにほかならんよなぁ。耐えられんなぁ」と思っていた人の目気にしいな私は、お絵描きのセンスが無いのを隠すようにして、自分なりの筆跡を磨くようになった。

結果として、

・父親譲りの真面目な楷書体様の字(硬筆検定など用)
・母親譲りの丸文字様の字(授業ノートなど用)

に加えて、

・それをミックスしたイルリキウムスペシャルオリジナルウルトラハイパーミラクルロマンティック体(人に見せることを前提とした書き物用)

を使うようになったのである。

 

 

例えばこんな。

「とめ」や「はらい」は蔑ろにされ、「はね」などもまるで判然としない。どちらかというと筆画が丸みを帯びている字の含有量が多いのは確かだ。

しかし、漢字とひらがなの大きさを分かりやすく変えている。「い」なんて、場所によっては本当にちっちゃい点2つだったりする。こうしたところでメリハリをつけて、文全体を見たときにぼやぼやにならないようにしている。

 

また、写真の文では分かりにくいが、「り」や「す」などの終わりを下に大きめに突き出すことで、ダイナミックさを出すこともする。

”nurse”よりも"chapel"の方がお洒落に見えるのは(これ私だけ?)、nurseが英語の四線の1階部分に収まっているのに対し、chapelは地下にも2階にも飛び出しているからだ。

 

冒頭に載せた『般若心経』も振り返ってみよう。

分かりやすい癖として、「五」の2/3画目、「行」の3/6画目、「亦」の5画目などの、本来外側に開くか平行に下りるかする点画が、内側に寄ってきている

これは恐らく、こじんまりした方が可愛いという潜在意識がそうさせたのだろう。

 

まあ何はともあれ。

私にとって筆跡というのはやり込み要素なのだ。

お絵描きのセンスが終わっている私にとって、自らがどんな"均整"を美しいと思うかを表出する場というのは、必然、字になるわけなのだった。

 

 * * *

 

私が二番目に好きなのは他でもない、彼女氏の字である。

「え~~それは欲目じゃないの~~~????」と思われるかもしれない。ならば見るがよい。

かるーく、殴り書きまでいかない程度のカジュアルな感じで書いてもらった。

ポイントはやはり、

・漢字とひらがなのサイズ感の差

・小さい画と、伸びる画の組み合わせによるダイナミックさ

であろう。

 

私は彼女の字を見たときに、自分の字に似たものを感じた。

そして、今や彼女の運筆に寄っている文字もある(「か」の1/2画目が下方で狭まり、かつ2画目の方が長くなることで「や」に近づく感じとか、「の」が豆粒のように小さくなる感じとか)。

 

パッと見、私と彼女の字は似ていないように感じるだろうか?

友人の筆跡オタクはそこに類似性を見出す。類似性の奥に、ありもしない意図を見出す。妄想である。妄想こそオタクの得意技。

他にもポイントはたくさんあるのだが割愛するとして。

 

 * * *

 

私を悶えさせた友人のメッセージカードも一部だけお見せしよう。

これだけでもう。素うどん3玉はいける

「し」や「て」の簡略化、「す」の伸びやかさ、「待」の不揃いな足。これら全て私の性癖そのものである。
字に対しても性癖がある。初めて友人の字を見せてもらうときは視界がぼやけるほど緊張するし、うっかり友人の字を見てしまったときなどは思わず目を逸らしてしまう。これが友人の筆跡オタクの習性である。やっぱり前述の①や②より怪しい奴だった

 

※もちろん読者諸賢には釈迦に説法だろうが、このエントリに、字を綺麗に書くのが苦手だと思っている人を貶める意図は微塵も無い。オタクは一方の好きなもののために、他方を貶さない。そういうものである。

 

 * * *

 

これだけ筆跡筆跡言っていれば、ある程度、鑑別はできるというものだ。筆跡鑑定の真似事も、もしかしたらできるのかも。

想像しながら浴槽に浸かっていたら、夢を見てしまった。ぶくぶくぶく……。

 

 

悪い人「この手紙を書いた奴は誰だか分かるかなグェッヘヘヘ分からなかったら大事なお前らの友達の命は無いぞ」

同級生たち「ザーワザワザワ ザーワザワザワ」

私「見せてください。……この『は』や『ほ』、『る』の丸く結ぶ部分が、卵型のように上にやや尖り縦長になっている。それに加えて、『口』というパーツを書くときに、『12』って書くときのように1画目がやや離れて2/3画目が繋がっている。河野ちゃんが自分の名前を書くときはいつもこうなってるよね。ひらがなの特徴も全て合致してるでしょ」

河野「ヒッ」

同級生たち「なんでわかるの……」

同級生たち「こわ……」

同級生たち「そんな仲良かったっけあいつら……」

悪い人「ムムムその通りだ。では今度はこのプリント、誰だか分かるかな」

私「内容が薬理学、そうなると薬理のTAさんの吉沢さんにすごく似てる字だけど、どうも引っ掛かる。吉沢さんはもっと高さの揃った横書きをする人で、『申』とか『た』とかがこんなに上に飛び出ていない気がする。これはひっかけだね。『い』の2画目がここまで右に凸になる子は少ない。少なくとも私の同級生にはいない。やはり教員や院生。アレルギー学教室のクールビューティ、莉衣さんだな」

同級生たち「もう喋るな」

同級生たち「犯罪者」

同級生たち「結局女子の字ばっか見とるやんけ」

 

……はっ!!

目が覚めました。

 

人に迷惑をかけてはいけない。

「字が好きだ」と言われればまあ悪い気はしないだろうが、「これこれこういうところが性癖です」と言ったら人間関係がおしマイケル☆になってしまう可能性がある。

世の友人の筆跡オタクのみなさん。気を付けましょう。