論理の感情武装

PDFに短し、画像ツイートに長し

怖い夢なんてそうそう見ないのだけれど

 

 

私は夢見がちな男である。

とはいっても、もちろん「今すれ違った女の人、私のこと見てたよね? 絶対そうだよ、なんか会ったことあるような気がするし! 運命かもしれない!」みたいなことを宣うような、という意味ではない。頭蓋骨の中にコットンキャンディをつめつめしちゃったのかな。

当然、睡眠中の生理活動による、映像や音声を伴う体験をしがち、という意味だ。

(ただ、みなさん薄々感じておられるように、"夢見がち"という単語に「睡眠中に夢をよく見る」という用法は一般に無いので、私の脳味噌綿飴発言はただの無価値なdisである。こういうことをしていると友達を減らすしマフラーを失くすし残業が増える)

 

よく夢を見る割には、悪夢といえる悪夢を見ない。

お化けや妖怪の類にはまるで遭遇したことがないし、凶悪犯罪に巻き込まれたこともない。これは、私という夢見ガチ☆ボーイの特長といえるかもしれない。ハッピードリームコンサルタントと呼んでほしい

 

しかし「怖かった夢」というのは、数こそ少ないが、ある。

 

 * * *

 

私が通っていた高校の教室によく似た空間。

着席しているのは20人ほどで、どうやら少人数クラスのようだ。私は一番廊下側の最後尾の席に鎮座し、教師の到着を待っている。クラスメンバーは主に大学の同級生であるようにみえた。

 

「おはようございまぁす」

 

教壇に登場したのは戸松遥。Tシャツを畳むことが得意でおなじみの人気声優である。彼女は英語の非常勤講師として我が校に勤務しているのであった。

授業は和気藹々と進み、流れで、"深い"と"浅い"を英語でなんと言うか、という話題になった。戸松先生が「わかるひと~」と問いかけるので、「みんなわかるやろHAHAHA」と思いつつ、ちらっと机の水平線から指先だけを覗かせて挙手をする。

目敏く見つけた戸松先生、「じゃあ〇〇!」と私の生まれ故郷の地名で指名してきた。六条京極に住んでいたから「六条御息所」と呼ばれるように、高貴な人は地名で呼ばれる。多分それだ。きっと名前を覚えられていないなんてことはない

 

私は恥ずかしげに「"deep"と"shallow"です」と答える。

すると、クラス中が一瞬固まった。

各人の目線だけが揺らぐ。空気が湿気を帯びるのを感じる。

私はもう一度「シャロゥ」と発する。

とまっちゃん先生は、「それはどこかで習ったの?」と無邪気に問い掛けた。だが私の自信は既に大いに揺らいでいる。白竜さんに「おォ、兄(あん)ちゃん、さぞ有名なセンセイに習うたんやろなァ……?」と詰められている感覚である。

震えた声で「な、習いましたけど」と返答すると、クラス全員がノートに何事かを記録し出す。えっ、なになに。私が変なこと言いました、みたいな記録すんの? やめてくんない? 奇行日記なんて趣味悪いよ。

 

ハルカス先生は、教卓から近い位置にいた生徒のノートを覗き込みながら、「まぁ(他の子たちは)大丈夫だよね」と、あっけらかんとした様子で話題を終結させた。

結局、"浅い"≠"shallow"の謎は明かされず、更に正答が発表されることも無く、授業は終了してしまった。

 

どうしても納得がいかなかった私は、休み時間にスマートフォンで調べることに。言葉調べ界の泰山北斗wiktionaryweblioに頼ると、"浅い"に対してはそれはもうおぞましい数の英単語が紹介されており、その中に、"sollowed"なる単語が見つかった。

なお、辞書的には"sink"(=本来は「沈む」の意。沈むんなら深いんやろがい)が一番上に載っていた。

かくなる上は、"sollowed"を勘違いして"shallow"と覚えてしまったんだと考える他はない。私は記憶を捻じ曲げ、聞き覚えのまるで無い「サロゥド」という単語をインプットし、「シャロゥ」は脳内デスクトップの脳内ごみ箱へ脳内ドラッグ&ドロップした。

 

廊下に出ると、友人Yと友人Oが、先刻の私の奇行を肴にしていた。さすがに本人なので乱入しないわけにはいかない。

「"shallow"の謎が判明した」と説明すると、友人Yは「でもそれは過去分詞じゃないよね?」と。そう、sollowedは、sollowの過去分詞なのだ。いやいや……。sollowなんて単語は無いはずだし、しかもその過去分詞は、「浅い」なんて受動の意味をまるで匂わせないシンプルな形容詞になっているときた。私は頭が痛い。

だが、先ほど「シャロゥ」と訣別をかました私である。しかも相手は、信頼のおける同級生のYちゃんだ。これはもう私が間違っていると思うしかない。

「過去分詞が落ちたのは私の記憶違いだね。あと、オーストラリア人の友達がいて、小さい頃に聞いた単語だから、訛ってて語頭がshの音になっちゃったんじゃないかな」とでっち上げた。

(ちなみに、オーストラリア人の友達がいるのは本当だが、彼女たちから学んだのはG'day=グデァイ、というgood dayが訛った挨拶である)

 

一方の友人Oは、「"sink"しか知らなかった。めっちゃシス単(=『システム英単語』)でやった」と言う。友人Yも小さい頃からそれで覚えていたそうだ。違うんだ……、私にも小さな頃から"shallow"の記憶があるんだ……。

 

これはどうしてもスフィアのオレンジ先生に弁明する必要があると感じ、友人Yと一緒に職員室を訪問。先生も気にしていたらしく、「さっきはごめんね! 謎が分かった?」と興味津々である。

しかしなぜか、ぼそぼそと「まーだまだじみ、だね」と歌い始める先生。私も合わせて、「きーっすもじみ、だね」と歌うと、職員室であるにも拘わらず徐々にヴォリュームを上げて歌い出す戸松先生。さすが出世作、代表曲。こなれている……あっ視界がぼやけてきた……

 

motto☆派手にね!

motto☆派手にね!

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 * * *

 

これは2018年の9月21-22日に見た夢だ。

私は興味深い夢、面白かった夢を記録しており、5年間で80ほどのテキストファイルが〈夢〉フォルダに収まっている。

そして、この夢こそが、私にとって記録的に怖い夢であった。

 

間違えたことを答えて恥をかいたことが怖かったのではない。

まして、戸松遥が突然『motto☆派手にね!』を歌い出したことが怖かったのではない。

自分が当然だと思っていた学問的知識に、まるで後ろ盾が存在しないと分かった瞬間が怖かったのである。

 

学問は、それが仮説の域を出ない学説ではない限り、コミュニティによって正解が違うなんてことはない。「単語」なんて最たるものだ。UNICEFでは「英語で"浅い"は"sollowed"」と定め、アノニマスでは「英語で"浅い"は"shallow"」と定めている、なんてことはあり得ない。

だからこそ、逃げ場が無い。

 

みなさんも想像してみてほしい。

突然、「『自画自賛』って『ご飯がまずくて嫌な気分』って意味だよね」と友達に言われ、「何をアホなことを……」と思っていたら、その後誰に聞いても「友達が正しい」としか言われなかった。

めちゃくちゃ怖いでしょ?

ドッキリを疑うでしょ?

 

あまりのことだったので、私はこの夢にずっと囚われている。

これをきっかけに、夢について勉強しようと思ったこともあるが、世の中に夢を科学的に解説してくれた本は意外と少ない。インチキの香りがする脳科学本や、刺激的なことを言うスピリチュアル本ばかりである。

フロイト大先生の『Die Traumdeutung(夢判断)』は連想力が強すぎて、まだまだ私には飲み込めきれない。ゆっくり読んでいる。

 

戸松さんの生歌が無かったら、多分この夢を見た翌朝、家を出られなかったんじゃないかとすら思う。

誰か夢に詳しい方がいたら、この夢に解釈を与えてほしい。

 

 

ではみなさん今日も良い夢を。

ハッピードリームコンサルタントのイルリキウムでした。