論理の感情武装

PDFに短し、画像ツイートに長し

Sputripのオリジナル曲を楽曲オタクの目線から語るやつ、やります

イルリキウムです。

もとい。パレクル兼、宇宙食兼、ハノモニの、イルリキウムです。

 

当ブログでは、単一のアーティストにスポットライトを当て、何曲かをピックアップして語っていく形式の記事を何度かリリースしてきた。
『論理の感情武装』のキラーコンテンツ(文量に筆者が殺されるという意味で)、【楽曲語り記事】というやつである。

しかし今回は、とあるアイドルユニットのオリジナル楽曲全曲をぶっ通しでレヴューすることとする。
曲数がちょうどいいのと、私の熱量が迸っているから出来る芸当。

主役は、3人組シティポップユニット・Sputripだ。

(画像:https://paletteproject.jp/member

 

★☆★もくじ★☆★

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世界はSputripに気付け


7人組ヴァーチャルアイドルグループ「Palette Project」(愛称パレプロ)。

彼女たちはいわゆる"企業勢"のヴァーチャルYouTuberであり、YouTube上でのライヴ配信を行ったり、オリジナルグッズを販売したりなど、平時はVTuberとして一般に想像される範疇の活動を行っている。

しかし、ヴァーチャル「アイドル」と称されるように、活動の主軸をオリジナル楽曲による歌とダンスの披露に置いているのが、一般のVTuberと一線を画すところであろう。
「歌枠」としてカジュアルに歌声を披露するのみならず、スタジオでフル・トラッキングの音楽ライヴを頻繁に行う。YouTubeにおいては、ライヴを(リアルタイム視聴もアーカイヴも)無料公開しているのだから感服してしまう。

そのため、メンバーは日々の自己プロモーションに加え、レッスンをこなす必要がある。これこそ、パレプロが「アイドル」の名を標榜している所以であり、その資格を備えている証左でもある。
(ここで、VTuberのライヴというものが生身の人間によるライヴとどう異なるか、という議論は当然あるのだが、繊細な話題であると同時に、本稿では音楽を扱うことに集中するので措いておく)

 

パレプロは、グループ内にサブユニットを3つ持っている。

と、音楽性によってカラーを分けているのが特徴だ。

7人とも、いずれか1つだけのユニットに所属している。したがって数学的に言えば写像であり、全射である。ごめん余計なこと言った

f: X→Yが全射である図

Sputripという名前は、ロシア語の≪спутник≫(ラテン文字音写:sputnik)+tripに由来する。
спутникは、無人人工衛星打ち上げの「スプートニク計画」で知られ、「衛星」を指す単語だが、もともとはс-(ともに)+путь(道)+ник(~もの)=「共にゆくもの」を意味している。

スプートニク」の出自や、ロゴ・衣装からも分かるように、宇宙をコアイメージに据えているSputrip。しかし一歩深く意味を辿ると、人生という旅路を往く我々に寄り添う存在、といったニュアンスが込められていそうだ。
彼女たちもまた、アイドルという果てなき旅路を歩んでいる。宇宙食(Sputripのファンを指す)もそれに寄り添う、スプートニクでありたいものだ。

 

そんなSputripは、シティポップユニットと位置付けられている。

シティポップは昨今、世界的人気を誇る一大音楽ジャンル。だが、人口に膾炙したワードであるがゆえに、おしゃれな曲は「シティポップ」と一括りにされやすい。しかしてその実態は……? 実際シティポップってなんなんだ?

この部分をちょっとだけ掘り下げてみよう。興味のない人は飛ばしてね。

 

「シティポップ」って難しいんだよな


とかなんとか言っておいてなんだが、「音楽ジャンルの解説」とは、地雷原そのものである。

そもそも音楽ジャンルの多くは、明確に定義付けできない性質を持っている。社会的趨勢と密接に絡みながら勃興・衰退を繰り返していく音楽たちを、グラデーションをもったシークエンスとして眺めたとき、特に色の濃い部分、すなわち類似の志向を持った楽曲群が立ち現れることがある。これが取り出され、音楽ジャンルとして確立していくのだろうと、私は思っている。

特にシティポップは難儀だ。様々な媒体で、音楽評論家たちが各々の持論を開陳している。Aという曲は、Bというアーティストは、シティポップに分類されるのか? 違うジャンルなのか? そんな議論が、リスナーレヴェルでもあちこちで行われている。けだし地雷原であろう。ワイのようなただの楽曲オタクが「ウェ~~~~イwwwシティポップウマウマwwww」と闊歩しようものなら、蜂の巣にされること必至。こわいよォ、ママ。

 

ちょっと逃げ腰すぎた。ちゃんと立って。

まず、シティポップの印象的特徴としては、私見ではあるが「洗練された軽快さと、都会的なテクスチャを併せもった、日本発祥のポップス」などといった言葉がすんなり出てくるだろう。どの評論家も、遠からぬ内容を口にしている。

そして、その源流は、1980年前後にアメリカのポピュラー音楽界を牽引したAOR (adult oriented rock) にあるとみるのが通説ではなかろうか。AORが興隆したバックグラウンドには、ソウル・R&Bといったブラックミュージック(→さらにブラックコンテンポラリー)や、演奏技術を突き詰めたジャズとポップスロックの融合であるフュージョンなどが存在する。
シティポップは、そうした米国の音楽シーンから輸入したサウンドを基礎として発展を遂げた。いや、もっと言うと、米国の音楽に限りなく接近することを目的としていた。当時、邦楽の本流は、歌謡曲やフォークミュージックであり、シティポップにはそのアンチテーゼとしての側面もあったとされる(栗本, 2022)*1

AORアーティストの代表、ボズ・スキャッグス

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ただし、「シティポップ」という用語はあくまでマーケティング的動機から誕生したものであったことに留意されたい。
1977年ごろから用例が散見されるようだが、「シティポップ」はアーティストの意志とは切り離された文脈において、あくまで「目新しく売り出す」ことを目的とした商業的標語だったのである。このころ、シティポップに関する共通認識は――音楽関係者の中でさえも――確立していなかった。

この混沌をまとめていったのは、時代背景である。1980年代初頭の日本は経済的に急成長を遂げ、庶民層が消費行動に積極的だった。加えて、CMイメージソングとして聴き心地の良い曲が社会に浸透していき、ウォークマンの登場で音楽を"持ち歩く"ことができるようになると、音楽を「日常の風景に溶け込ませる」ムーヴメントが一般化し、これもシティポップの勢力拡大を後押しした。

柴崎 (2022) *2は以下のように指摘している。

シティポップとは、特定の音楽的要素を指し示す、狭義の音楽ジャンル用語ではなく、ある音楽からひとつの「ムード」を摘出し、それをもって他との差異化を図ろうとする戦略の上に出現した、恣意性を孕んだ名称だったのだ。

角松敏生杉真理山下達郎大滝詠一稲垣潤一松原みき寺尾聰竹内まりや、などなど……。こうして、シティポップは形をもって日本の音楽史上に顕現した。

シティポップ草創期の金字塔的名盤、大滝詠一『A LONG VACATION』より

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その後シティポップは、J-POPの発展に押されて急速に勢いを失うが、2000年代に入って発掘、再評価の流れに乗る。
クラブシーンにおいてDJが引っ張ってきたり、YouTubeインフルエンサーがカヴァーしたり、TikTokで無断使用されたりなどルートは様々だが、80年代当時のシティポップは、再度我々の耳に入りやすくなったのだ。

一方で、「ネオ・シティポップ」という括りが注目を集めた。一十三十一の『CITY DIVE』をはじめとして、古典的シティポップにおいて重視されたアコースティック性(=スタジオミュージシャンの技術)から脱却し、プログラミングサウンドを据えた、ダンスミュージックと親和性の高い作品群は、まさに新時代のシティポップといえる。
だが、あまりに幅広いアーティストがネオ・シティポップ扱いされていることには注意が必要だ。個人的には「さすがにこの人は違うんじゃない……?」と思うことも多々あるが、それ言うと! 戦争の元だから! やめます!!

一十三十一『CITY DIVE』より

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ここ10年強で、ボーカロイド/ボイスロイドを用いて作成した楽曲を、インターネットで投稿・シェアできるプラットフォームが整った。これも正の作用をもたらしたと私は感じている。
シティポップのリヴァイヴァルヒットを10~20歳辺りで喰らった世代が、ボカロPとしてデビューし、同世代の潮流と融合させたシティポップの再生産を行うことで、連綿と若い世代にシティポップの精神が受け継がれていくのではないか。そんな気がしている。

あくまでこれは「精神」の問題であって、昨今「シティポップ」の枠内で評価される楽曲たちは、多岐にわたるジャンルからの影響を受けているのは紛れもない事実だ。場合によってはプログレっぽくもなるし、ヒップホップっぽくもなる。そう。もはや、シティポップはしっちゃかめっちゃかなのだ(この「シティポップ全盛の時代でないせいで隠れてしまっているが、正統派シティポップの流れを感じさせる優れた楽曲群」を「オブスキュア・シティポップ(=埋もれたシティポップ)」としてサルヴェイジする試みもある*3)。
でも、そのしっちゃかめっちゃかの根底には、爽快感と、ある種の憧憬がある。80年代当時を経験していない世代もが、理由なく「懐かしさ」を感じてしまうのが、現代に息づくシティポップなのであろう。これが、いち楽曲オタクである私が抱いている結論めいたものだ。

 

本セクションの最後に、柴崎*4の言及が腑に落ちたので紹介する。

今や「シティ」は必ずしもなにか実体的な場所性を背負っているわけではない。「80年代の東京」は既に架空のものとしてリスナーの想像力の中へと吸収し尽くされている。シティポップは既に、「都市に所属するポップ」ではなく、「かつて夢見られた都会的ポップを聴くことを、思い思いの仕方で味わうポップ」というメタレベルのジャンル概念へと移行した。
(中略)
この甘やかな音楽は余計にその魅力を磨き上げ、おぼろげに光り輝くノスタルジアの培養基として、時代の無意識の中でしたたかに延命していくような気もしている。

 

それでは楽曲語りを


Sputripがデビューした2020年8月から、2024年1月現在までにリリースされたシングル全8曲を総浚いする。Sputripの世界を旅していこう。

※敬称は省略する。あとこれは大事なことなんだけど、曲の話をするのが目的だから、メンバーのここが可愛いとか、ダンス・パフォーマンスが良いとか、そういう話は極力しない……しないぞ……したいけど……もししてたら我慢できなかったってことで…………

1st. Breeze in the Sun (2020)

 作詞:エドボル
 作曲:吉田哲人
 編曲:吉田哲人、長谷泰宏
 Mix:磯田 和宏 (D-Merge Inc.)

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フレッシュさとエネルギッシュさを兼ね備えた夏曲。
スラップの効いたグルーヴィなベースと厚いストリングス、電子音のウワモノによるカウンターメロディが絡み合い、強い陽光を想起させつつも、爽快な仕上がりとなっている。まさに"breeze"と"the sun"が、音世界においても明瞭に手を取り合っている。

作編曲の吉田哲人は、元ピチカート・ファイヴ小西康陽が主宰するReadymade Entertainmentで、専属マニピュレータ(生演奏以外の打ち込み音を総合的にコントロールする役職)をおよそ7年務めた経験をもつシンガー・ソングライター竹達彩奈NegiccoWHY@DOLLなどに提供を行ったほかにも、手掛けた楽曲は数多い。

編曲に名を連ねる長谷泰弘は、特に「ポスト渋谷系*5」からアニソンシーンに流入した楽曲群(いわゆる「アキシブ系」)を好むリスナーにとっては、馴染みがあるだろう。ROUND TABLE featuring Nino花澤香菜などとの関連が深い。ストリングス・アレンジに定評があり、私はTVアニメ『謎の彼女X』のOP「恋のオーケストラ」のストリングスを白眉と推したい。

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いわゆる古典的シティポップが重視していたアコースティック・オンリーのグルーヴからは少し離れて、打ち込み音源によるダンサブルな4つ打ちを押し出した「Breeze in the Sun」は、令和の「シティポップ・アイドル」が引っ提げるデビュー曲として最適解ともいえただろう。

テーマ性もよい。シティポップと「夏」とは、切っても切れない結びつきをもっている。
杏里「Remember Summer Days」、大滝詠一カナリア諸島にて」、角松敏生「SUMMER EMOTIONS」、杉山清貴&オメガトライブふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER」、寺尾聰「渚のカンパリソーダ」など、夏をテーマにしたシティポップは枚挙に暇がない。
陽射しが照り付ける中、海沿いの道をドライブ。リゾート地で作るひと夏の思い出。サンセットを眺めながら感傷に浸るひと組の男女……。どうどう? これぞシティ感! と思わされるでしょう? まさしく「夏」は、シティポップにとって象徴的なアイコンなのであった。

エドボルによる歌詞に目を遣ると、〈It's a breeze!〉〈Freeze Oh!〉〈Please Oh!〉と印象的な押韻をサビに配置している一方で、A・Bメロには横文字が豊富に散らされている。〈プリズム〉〈ラムネ〉〈カーブミラー〉〈ネオンサイン〉。これらは多くの曲で飼い慣らされてきた、実に"シティポップ的"な語彙である。シティポップの一つの特徴として、「どこか三人称的で俯瞰したような歌詞内容により、『感情』ではなく『シーン』を映し出す」点が挙げられるが、その帰結として、詞に登場するカタカナ名詞たちがシンボル的役割を果たし、それが現代まで通奏するイメージを形作っているのだ。

 

メロディとハーモニーに注目する。

まず我々は、イントロのパワフルな進行【C♯m7(9)→D♯m7(11)→D♯m7/G♯】により、G♯マイナーの印象を叩きつけられる。
しかし直後、ヴォーカルが歌うメロディによって、強制的にメジャースケールの世界にぶち込まれる。なぜなら、〈ここら〉の〈〉が、A♭メジャートライアドの第三音=Cを鳴らすからだ。
このパラレルメジャーへの移行(G♯マイナー→A♭メジャー)は強烈だ

なにせ、ヴォーカルだけの力業で同主調転調を完了させるのだから、ヴォーカルが負う責任は並ではない。
そしてメロディの先頭【e♭】こそが、なんとサビ前半の最高音である。冒頭の〈ここから〉でメロは下行していく。こうして、ヴォーカルの印象はますます強固なものとなる。

ここでTUBE「シーズン・イン・ザ・サン」(1986) を例示しておこう。いまの議論と同様に、冒頭〈Stop the season in the sun〉でヴォーカルを剝き出しにしてハイトーンから出発させることで、歌のパワーを刻み込むことに成功している夏曲である。なお、「Breeze in the Sun」とのタイトルの類似性も指摘できる(TUBEは年代的にシティポップの後であるものの)。

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サビメロの妙は他にもある。
きそで〉〈あと何メートル?〉のシンコペーションに注目だ。この2音が"詰まって"いることが、目立たないかもしれないが山椒のように効いており、浮ついた夏の雰囲気を演出するのに大きく寄与している。

〈優しく押す背中フッと/胸の鼓動だけ 届きそでFreeze Oh!〉を取り出し、聴き比べてみよう。まずは"詰まって"いる原曲ver.。

"詰まらせ"ないver.。

間延びしてしまうのが分かるだろうか? この細かい音符の妙が曲のイメージを規定するため、作曲のこだわりが敷かれていることに対してはもちろん、歌いこなすSputripの3人に対しても感動を覚えるばかりだ。

「Breeze in the Sun」は80年代後半シティポップ終末期をベースに、元祖シティポップの空気を湛えた、ハイブリッド・サマーチューンであった。

 

2nd. 光の惑星 (2020/配信リリース2021)

 作詞:エドボル
 作曲:吉田哲人
 編曲:吉田哲人、長谷泰宏
 Mix:磯田 和宏 (D-Merge Inc.)

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「Breeze in the Sun」と同じ顔触れのチームで制作された2nd singleは、2020年9月のデビューライヴで既に披露されていた。したがって、「デビューシングルのB面」としての性質を否応にも持つことになったが、A面が"太陽"ならB面が"星"と、異なる魅力の輝く佳曲となっている。

テンポだけ見れば四分音符=170と、Sputrip曲の中では速め(※8曲の平均は140弱)であるものの、アコースティック主体のソフトな音色が選択されており、ミドルテンポとすら感じさせる穏やかさを纏っている。
シティポップらしさはさほど強くなく、どちらかというとネオ・アコースティック・ムーヴメントからの系譜をひしひしと感じる。ベースが全体を通して目立ち、伴奏がピアノ主体なので、ネオアコっぽくもないと言われればそうなのだが、いや、待ってほしい。ネオアコと言われて、フリッパーズ・ギターのような輪郭がぼやけた男性ヴォーカルを思い浮かべているからじゃないの、それ!? ねえそうなんでしょ!

ならば作曲の吉田哲人によるセルフ・カヴァーver.を聴いてみるとよい。ワンフレーズだけだが、Sputripとのテイストの差が味わえるだろう。

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面白いことに、ミックスをSputrip ver.と少々変えていると、本人が明かしている*6

 

本曲の魅力はなんといってもメロディの美しさだろう。ワンフレーズを切り取ってみても非常に甘美だし、Aメロ→Bメロ→Cメロ(=サビ)と、明確に音域を少しずつ上げていく展開もグッと来る(ちなみに曲中最高音は、アウトロ直前のラスサビにあるF5である)

各セクションの最低音・最高音推移

もちろんポップスの多くは、サビに向けて盛り上げるために音高を上げていくもので、「光の惑星」だけの特徴ではない。本曲の良いところは、もっとなんというか、そう、分かりやすさにあると思う。
Bメロからサビへの橋渡しをみてみよう。〈いつかキミと〉→〈来たかったんだ〉→〈見上げるスプートニク〉のメロディは、類似した音型のリフレインを用いつつ、完全4度or5度の跳躍を3回繰り返して音高を上げていくスキームになっている。シンプルで、耳からすっと溶け込むように入ってくる構造だ。いや~キレイだねぇ……。

さらに、サビの組み上げ方。
前半は〈スプートニク〉・〈Nebulaと〉・〈瞬く光〉、というように、一定のスパンで休符が入りリズミカルさを演出する。
一方、サビ17小節目からの後半では、〈カレイドスコープを〉〈星図に書き込んだ〉など、一息で歌うメロディへと変化が生じている。

このように、異なる長さの"メロディのブロック"が、前半、後半に分かれて出てくることによって、曲にメリハリが与えらえる。

「光の惑星」のメロディがいかに美しいか、理解していただけただろうか。

 

余談だが、「光の惑星」にはどことなくアニソンらしさ、突っ込んでいえば「アキシブ系」らしさを感じていたのだが、もしかしたらそれはBメロに理由があるのかもしれない。

というのも、本曲のBメロにはPPPHのリズムが(完全に一致はしないのだが)横たわっているからだ。PPPHはアニメ・声優楽曲・アイドルソングにおいて重要な合いの手であり、以下のリズムに合わせて手拍子とコールが入る*7

PPPHなんてよくあるんじゃないの?」と思われるかもしれない。ところがどっこい、Sputrip楽曲のうち、Bメロが明らかにPPPHといえるのは、実は「光の惑星」のみだ。ここから、アニソンとの共通項を見出したといっても、まあ言い過ぎではないだろう。

 

3rd. Citylight Fantasy (2021)

 作詞:nobara kaede
 作編曲:村カワ基成
 Mix:福田智樹

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目を閉じれば車窓の外を疾走する夜景が思い浮かぶような、グルーヴィでありながらメランコリックな表情を伴ったファンキー・ビート・ポップス

作編曲の村カワ基成は、カントリー・ガールズバンドじゃないもん! MAXX NAKAYOSHI、でんぱ組.inc古川未鈴など、女性アイドルに積極的な楽曲提供を行っている。特に虹のコンキスタドールには多数の作編で参加している。曲風は主に、平成中期~後期のハイテンション系ガールズロックが多いと感じていたので、本曲のような系統で彼の名を見ることになるとは、少々驚いた。

作詞はnobara kaede。こちらもアイドルグループへの詞提供が非常に多い。虹コンを含め、リルネード、LinQおよびLinQQty、I MY ME MINE、FES☆TIVEなどに提供曲を持つ。同時に、『ブルーアーカイブ』と初音ミクのコラボ楽曲「Blue New World」や、『アイドルマスターミリオンライブ!』の楽曲など、アニメ・ゲームの世界にも活躍の場を広げている。

 

筆者としては、2023年2月18日に開催された、あおぎり高校×Palette Projectツーマンライブ「めいくあっぷ!」にて披露された際に、心を打ち抜かれた思い出の一曲である。ここまでの2曲が、日本の中で醸成されてきた新時代シティポップへの潮流を表していたとするなら、「Citylight Fantasy」はブラック・ミュージックからの影響を色濃く受けた古典的シティポップの進化版といえそうである。
多くのリスナーがこの曲を聴いてシティポップらしさを感じるのはそのせいではなかろうか。実際、Sputripの8曲のなかでみると、本曲に対して「よっ、王道シティポップ!」と寄せられる声は少なからず観測できる。

 

全体を通して、スラップ・ベースがグルーヴを作り出し、カッティング・ギターとともに曲を引き締めている。徐々にパターン化されたリズムを脱出して自由度を増していくのだが、冒頭のベースリズムは大体以下のようになっている(×印はゴーストノート)。

このパターンはシティポップにはよくみられるのだが、まずは1979年の大ヒットナンバー、ハーブ・アルパートの「rise」を聴いてほしい。

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ノトーリアス・B.I.G.が「Hypnotize」でサンプリングして同様にスマッシュヒットしたことからも窺えるが、極太のがっしりしたベースラインには人をノせてしまう魔力がある。

こうした、ジャズ・ファンクやコンテンポラリーR&Bの空気感を輸入し、新たな境地に達せしめたのが、誰もが知る竹内まりや「プラスティック・ラブ」(1984)。ベースの音価は細かさを増しているが、アクセントの核は変わらない。

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最近で言えば、山下達郎へのリスペクトがふんだんに盛り込まれたオマージュ作であり、新進気鋭のギタリスト・Cory Wong*8を迎えたことでも話題となった、Vaundy「トドメの一撃」もそうだった。

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リズムの面から、シティポップらしさの源泉を辿ってみた。今度は音色にフォーカスしてみる。前述の通り、スラップ・ベースとカッティング・ギター(打ち込み?)が絡み合っているのだが、抑制の効いたドラムスと、煌びやかなブラスセクション、ストリングスにも注目しなくてはならない。

そう、この曲はファンクの要素を多分に含んでいる。もしこれがすべて生楽器で収録されていたなら、EW&Fの「September」のように、際立ったグルーヴを醸し出していただろう。
だが逆に考えると、かっちり等間隔のテンポにハマったビートであるがゆえに、「Citylight Fantasy」はステージと客席の振りを合わせる、というアイドルミュージックとしての強度を持ち合わせることに成功したのではないか

 

少ないメロディパターンで展開を作っていくという、ミニマル的アプローチも楽しい本楽曲。この先も、Sputripの大きな武器になることは間違いない。

 

4th. Dreamin'Train♡ (2022)

 作詞:Shigeyuki Harada
 作編曲:Shigeyuki Harada

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クララちゃんのプリンヴォイスが堪能できる、ノンストップ・キラキラポップナンバー!

あの

ごめんなさい。

クララちゃん可愛いですね!?!?!!?

 

取り乱した。作曲者紹介します。
Shigeyuki Harada=原田茂幸は、2010年代後半にJ-POPを愛好していた者なら聞いたことがある名だろう。ネオシティポップブームを牽引したといわれるShiggy Jr. (2012-2019) のリーダーであり、ほぼすべての楽曲制作を担当していた。
「ネオシティポップ」とは、また晦渋な名である。
Shiggy Jr.の楽曲を聴けば、なんらかの共通項が容易に見出せるものではなく、メジャーデビュー曲の「サマータイムラブ」こそ軽快なギターポップであったが、その後の楽曲はエレクトロ・ファンクやEDMに振り切ったものなど様々である。メンバーも首を捻ることは多かったようで、ナタリーのインタビューにもこう答えている*9

原田 インディーの1枚目はまだシティポップって言われてもわかるけど、2枚目になるともうシティポップじゃないし……。

(中略)

池田 別に言われるのが嫌なわけじゃない。

原田 そうそう、嫌じゃないんだけど、うちらってシティポップなんだ?みたいな(笑)。

諸石 てかね今のシティポップって、たぶん音楽ジャンルの話じゃなくて、シーンの話で。

このあとインタビューは「自分たちの曲のどれがシティポップなんだ?」という侃侃諤諤の議論に落ち込んでいって面白い。

 

Shiggy Jr.においては、明らかに古典的シティポップと切り分けて考えるべき楽曲性質上のユニークさがあり、それは底抜けの明るさに帰着する。シティポップがある種、大人の湿性を伴っていたのに対し、Shiggy Jr.は努めてカラッとしたバンドイメージを貫いた。

そんな原田の楽曲らしく、「Dreamin’Train♡」もメロウさとは無縁のアッパーチューンに仕上がっている。クララちゃんには申し訳ないが、譬えるならプリンのような生菓子ではなく、ガレット・ブルトンヌのような香り高いサクサクの焼き菓子が似合う。

冒頭のコード進行に着目しよう。

〈突然のデスティニー/衝撃の恋の予感に〉

【A→Aaug→A6→A7(9)】は、Aメジャーキーの主音であるAを根音として係留しながら、最高音が【e→f→f♯→f♯♯】と半音ずつ上行していく、いわゆる上行クリシェ clichéの形だ。
シンプルな見た目をしているが高揚感をもたらす効果は絶大で、augという不安定なコードが挟まることで浮ついた気持ちにもさせてくれる。本曲ではひとつのコードが1小節=4拍と長めに設定されているので、浮足立った気分が持続するのもポイントだ。クララちゃん曲に使うにはピッタリの進行。作曲者がどこまで意図していたのか気になるところだ。

上行クリシェを用いたとんでもない楽曲をひとつ紹介する。

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0:42~:Bメロ〈とんでもない〉からサビにかけて矢継ぎ早に繰り出されている。あまりに凄い使い方をしているため、印象に残りすぎて、上行クリシェの話をするときは毎回引き合いに出してしまうが……。

 

ガンガン進んでいくイメージが合致するのだろう、アイドルコンテンツ楽曲には時折「電車曲」が登場する。思いつくところを挙げておくと、

などだろうか。まだまだありそうだ。

 

さて。一聴する分には楽しいばかりだが、じっくり聴くとこの曲はとーーーっても難しい

まずイントロなしで頭からヴォーカルが入る。
これだけでも大変だが、次に待っているのは【e→c♯】の音程にして長六度の跳躍。息つく間もなく、E5というハイトーンを連発。しかも最初に登場するE5に当てられているのは、〈恋の予感に〉の〈〉である。鼻腔から呼気を抜いて調音する「鼻音」であり、つまり空気が口からも鼻からも抜けていくため、バチッと勢いよく高音を当てるのに難儀するのだ。

そればかりではない。Aメロに登場するF♯3は、Sputripのレパートリィ中、堂々の最低音である。そもそもAメロはC♯5から下ってくる音型で、ここだけ取り出しても相当の音程を動いているのが分かる。

高音も大変ならば低音も大変。そんな曲なのに、ポップにハッピーに歌って躍る3人は只者ではないのだった。〈幸せだよね?〉幸せですとも!

 

5th. with your JOURNEY (2022)

 作詞:Shigeyuki Harada & Tomonari Sora
 作編曲:Shigeyuki Harada & Tomonari Sora

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優しい雰囲気に包まれたミドルテンポ・エレクトロポップ。ゆったり乗れるハウスの雰囲気も浮かべながら、サビでは空間系のエフェクトがかかったように聞こえ、アンビエントフュージョンのような空気感を呈する。

手掛けたのは「Dreamin'Train♡」の原田茂幸と、連名でTomonari Sora。友成の名義で活動するシンガー・ソングライターのことを指しているとみて間違いないだろう。友成は、2021年3月31日を以て高校を卒業し、同時にデビューしたという若いクリエイターで、デビューEP『18』のアレンジャーとして原田を迎えていた。この縁で本曲も共作しているのだろう。
しかし『18』は衝撃であった。古典的シティポップ風味の「5号線」、極力音を削ぎ落したピアノ・バラード「看板」など、フレッシュかつジャンルに囚われない楽曲たちが眩しい。Vaundy、藤井風などの次世代として大注目株なのではないだろうか。

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作曲陣2人の出自を考えれば、「with your JOURNEY」のような神曲が完成するのも道理といえよう。
前奏はピッチが歪まされた不思議なエレクトリック・ピアノが主人公。奇妙さに傾いてしまうギリギリの、絶妙な塩梅だ。
Aメロはエレピとキックのみで至極シンプルな出だし。クレシェンドしてくるサスペンデッド・シンバルのような音色を契機として、ハンド・クラップやベースラインが入ってくる。
Bメロになると曲の空気は一変する。ベースがホップするようなパッセージを刻み、カッティングギターのフィルインも入ってくるのだ。ここのビートは、テンポを落としたモータウンビートの亜種と捉えられるだろう。例えば、シック「Good times」(1979)などを聴くと、近いリズムが聞き取れるはずだ*10

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俄かに「踊れる曲」っぽくなってきたぞ、と思ったのも束の間、サビは4つ打ちのシンプルなハウスとなる。2番に入ると、細かくストップするベースの支配力が強まる。ベースが作り出す"無音"が、グルーヴを創出するのだ。

メロディが寄与するリズムも無視するわけにはいかない。1番Aメロの〈物語の始まりのように〉と、2番Aメロの〈願いを叶える流れ星のように〉を比較してみよう。

音型は全く同じなのだが、歌詞のモーラ数が異なるため、〈がい〉〈なえ〉〈ぼし〉の部分が詰め込まれているのが分かる。2文字を等間隔に歌うのではなく、後ろの文字を次の音符に近づけて発音しているのに気付いただろうか? あたかも、〈願いを〉の〈を〉の手前に短前打音の装飾(アチャッカトゥーラ)が付いているような表現となり、結果、リズミカルに聞こえる効果をもたらしている

 

トーン的な解析もしていこう。

大声で言うが、この曲は変ト長調なのが良い!! 私の好みではあるが、変ト長調(すなわち♭が6つの長調)は、非常に柔和かつ、ロマンティックに響くイメージがある。例えば「亜麻色の髪の乙女」(C. ドビュッシー)とか。

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練習曲Op.10-5「黒鍵」(F. ショパン)とか。

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実際はどうなのか。wikipediaには「(ピアノでは、てこの原理の関係で)柔らかい音が得られるとされている」なる記載があるが、正直私は弾いていてそこまでの差異を感じたことはない。残念ながら。
19世紀に流行した二元論的な調性性格論においては、「♯が増えるほど快活、♭が増えるほど柔和、ただし両方とも行き過ぎるとダメ」と主張された。これを参考にすれば、♭6つは「柔和、ただ柔和すぎて酩酊感あり」ということになろうか。そこそこ納得できる話かもしれない(しかしもちろん、二元論的に説明がつけられるはずもなく、ヨハン・マッテゾンなどにコテンパンに否定されてしまった (村上, 2022))*11

また、【Ⅳ-Ⅲ-Ⅵ-Ⅴ進行】で1A/Bメロを通しているのが素敵。王道進行の発展形だ。前奏ではⅥの位置に代理コードとして♭ⅥM9が、AメロではⅢの位置にⅢaug7が置かれており、他にもテンションコードが山盛りで使われている。Dメロの短三度転調もスムーズだし、続く大サビ前のリハーモナイゼーションは絶品の一言。リハモ4小節目の【♯Ⅴaug/♯Ⅳ】*12はまるで宝石だァ……。

それではリハモの部分を聴いてください

ちなみに私はウィズユアが一番好き……とても好きなので弾いたことがあるくらい好きです……。

 

6th. Starry☆Melody (2022)

 作詞:上田ゆう子
 作編曲:正垣和則
 ラップパート歌詞考案:暁月クララ、常磐カナメ、香鳴ハノン

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心地よいバンドサウンドがスムーズに流れていく、癖の無いソフトロック。

意味論的には自己紹介曲と呼ぶべきものだが、3人の自己紹介パートのオケが、彼女たちをそれぞれイメージしたテイストとなっているのは大きな特長だ*13

まずはハノンさんがヴァイタリティ溢れる16ビートを乗りこなす。曲のメイン調はA♭メジャーだったが、ここでCメジャーに転調。何の衒いも無くストレートに詞が飛び込んでくるのは、Cメジャーという調性の力もあるだろう。割り当てられた8小節にぎゅぎゅっとリリックを詰め込み、リスナーにこれでもかとぶつけてくるパワーは、さすがハノンさんといったところ。一緒に拳を突き上げよう。

クララちゃんパートではなんとBPMが50以上も落ちて、夢見心地のゆめかわパステル8ビートに変貌する。グランドハープや、ウォーターバブルなど、「カワイイ」のアイコンとして様々なインストゥルメントが使用されている。平安のベストセラー『枕草子』には「うつくしきもの、ふわふわぽにぽに にゅにゃらみゅにゅん」と記されていたとかなんとか……。

カナメさんパートになると、9thコードを主体として靄がかったような神秘的雰囲気を纏う。琴のオブリガートと彼女のウィスパリィな歌声は不可分な魅力がある。メロディアスなラップパートは実音で【レ・ミ・ソ】の3音しか使っていないのだが、ベースが鳴らしているF(ファ)およびC(ド)の間を縫うように、掴みどころのない動き方をしている。これまたカナメさんにピッタリだ。

ライブ映像を見ながら一緒にコールするのが一番楽しいぞ

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作編曲の正垣和則は主にアイドルグループへ楽曲を提供しているが、アイドルプロデューサーとしての一面も持つ。カラフルスクリーム、すーぱーぷーばぁー!! が彼の手掛けるグループで、同時に楽曲も書き下ろしているようだ。

上田ゆう子は日本銘音合同会社に所属する作詞家・歌手。こちらも、POPUPやukkaなどアイドルへの提供曲が目立つ。正垣とタッグを組んで生み出した楽曲も多い。

 

では、ラップ以外の部分を見ていこう。

活気溢れるエレキギターの音色で幕が上がるが、Aメロに入るタイミングでサプライズ。A♭メジャー→Fメジャーへの短三度下転調が入る。なお、先刻も登場したが、短三度の転調はポップスにおいて超頻出である。
イントロ最後の【ⅣM7】から、通常はダイアトニックコードのⅥmに進行するのが自然なところ、【Ⅵ】にすり替えてしまう*14。すると【Ⅵ】は、短三度下のキーにおける【Ⅰ】に相当するので、これで転調完了。やったね。

もし「ⅣM7から、Ⅴを経由してⅠに解決するはずだったのに」と思いながらこの転調を眺めた場合、本来行くはずだったⅠよりも、転調後のⅠは短三度も下に位置しているので、簡単に言うと「思ったほど上の音に行かなかったな」という感覚に陥るはずだ。結論として、短三度下への転調は、転調前よりも少し落ち着いた質感となる。

次にA♭メジャーに戻る(つまり今度は短三度"上"へ転調する)のは、なんとBメロの途中だ。〈Twinkle Little...〉から変わっている。これも予想外だった。いいね~裏切ってくるね~~。

 

メロディについて言及したいことがひとつ。サビの〈駆け巡れ 眩しいMelody〉の部分、聞き流してしまいそうだが、難易度の高い跳躍が潜んでいる。

赤丸は同じ音

〈眩しい〉の〈ぶ〉は、実音でミのナチュラルなのである。私は初めにこの曲を聞いたときファだと思っていた。それも道理で、ミのナチュラルは(臨時でナチュラルが付されているので当然だが)A♭メジャースケールに存在しない音だから。ファの方が圧倒的に歌いやすい。こっちは相当意識しないと歌えない音だ。しかもドから短六度の音程を跳躍する。厳しいっ。

というわけで、こんな難しい曲を渡されているSputripは信頼されているんだな、って話でした。

 

7th. アイドライフライト (2023)

 作詞:香鳴ハノン
 作編曲:David from DISCOVERY(mummy llc)

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ハノンさんフィーチャー曲は、彼女本人が作詞を担当したという意欲作
EDM特有のビルドアップを含んだハウス系統の曲調でありつつ、J-POPの曲構成を崩していない、馴染みやすいバウンシィなポップナンバーだ。

本曲のイントロ、何だと思います? 無いって? そんなことありません。

ハノンさんのブレスです。

気持ち悪いことを言っているのではなくて、ブレスから入る名曲はたくさんあるのだ。第一線で活躍する作曲家・ベーシストの亀田誠治東京事変)も、「ブレススタートのJ-POP」を紹介する企画をやっていたくらいだ。せっかくなので2曲挙げておこう。

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作曲家のDavid from DISCOVERY……失礼ながら、寡聞にして存じ上げなかったし、調べても情報が出てきません! 誰かの別名義だったりする!?

 

これで、クララ:電車・カナメ:宇宙船・ハノン:飛行機と、フィーチャー曲乗り物シリーズがめでたく揃ったわけだが、もちろんボーイングとかエアバスとかのお話をする曲ではない。「アイドル」×「ライフ」×「フライト」という掛け合わせのタイトルでありつつ、〈無限の可能性を乗せ〉て飛んでいく彼女たちの直喩となっている。

歌詞については、3人が種明かしを存分にしてくれているので、こちらにアクセスいただいたほうがよいだろう。[17:45~]

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粗くサマライズすると、

  • 曲先(曲が先にあり後から詞を当てる)
  • 自転車に乗りながら考えた
  • 当初は料理をテーマにしようとしていた。2B〈「甘く甘くする?」~〉は、マスカルポーネとハチミツのカナッペを想定している
  • 押韻にはかなりこだわっている
  • 「Starry☆Melody」には「アイドライフライト」までの曲が集約されているため、制作はある程度並行していた

とのこと。
もともとアイドルに造詣の深かったハノンさんは、アイドルソングが「キャッチーである」ことに対していかに心血を注いでいるかを理解している。キャッチーさの根源のひとつは、一聴したときの詞の快適さであり、彼女の強みはまさにこの「快適な詞を紡ぐ」ことができる点にある。

具体例を挙げよう。まずは①押韻と対比。〈special〉と〈precious〉は、歌詞の位置こそ違うが、意味的に近く、明らかに押韻として意識されているため摘示する。

このようにサビは分かりやすい。しかしAメロは、より固く踏んでいる。

「心地よい詞」のポイントは押韻だけではない。

上記で〈Lady〉と〈ページ〉を挙げており、文字上はしっかり脚韻を踏んでいるのだが、実は歌を聴くと音では合致していないことに気付く。それは、〈Lady〉は「レイディ」ではなく「レイデェ」と発音され、〈ページ〉は「ペイジ」ではなく「ペェジ」と発音されているからだ。

これがポイント②。英詞の発音。邦楽であっても、crazyを「クレイゼー」、easyを「イーゼー」と発音する場合が(特にヒップホップでは)ある。偏に、耳に心地よいからそうなるわけだが、センス次第で野暮ったくなるので、バランス感覚を必要とする。

それに関連してポイント③。実のところハノンさんはこのセンスに秀でていると思うのだが、それは1音に2文字以上を当てる音ハメの上手さである。

〈煌めいた〉のところには4音しかない。作詞初学者であれば迷わず4文字の言葉を当てるだろう。〈キラキラ〉とか〈きらめく〉とかでも意味は通る。しかしそうはしない。〈煌めいた〉とする。そうすると、最も長い0.75拍分の音価を持つ音符に、〈めい〉の2文字が嵌る。発音すると「きーラめーた」と、〈ら〉は短く、〈い〉はアクセントが乗って聞こえ、このシンコペーションを際立たせる。

お気付きだろうか。こうなってくると、80年代シティポップの歌詞論が立ち入る隙はどこにも無い! Sputripはここまでの7曲で、曲を通したアイデンティティを確立し、自分たちが「Sputrip」である証明をしてしまったのだ。彼女たちが歌うのは既にシティポップではなく、Spu-popという独立したサブジャンル……これは言い過ぎだろうか?

 

ほんのりこの曲に、昨今の韓国EDMに似た何かを感じたのだが、理論化できる感覚ではなかったので一言添えるに留めておく。

ここで言う韓国EDMは、K-POPとは少し異なり、「韓国アイドルが歌って日本でもヒットしている楽曲のうち、EDMのもの」を指す。韓国EDMは洋楽からもJ-POPからも影響を強く受けていて、音楽ジャンルの"坩堝"のごとく諸々を取り入れながら独自進化を遂げている。
ゆえに、「アイドライフライト」の多ジャンル感と繋げて考えてしまったのだと思うが……みなさんどう思いますか? 〈スキ? キライ… 現実に〉のところとか、頭拍で2文字ずつ切っていく流行りのフロウな気もしますが……

 

8th. トイ×トイ☆パーティー! (2023)

 作詞:Sputrip
 作編曲:須田悦弘

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最強アイドル・ファンクトロニカ。

ファンク、R&B系楽曲がアイドル業界に流入してきて久しい。
まずは外せないのはハロー! プロジェクトだろう。ハロプロファンクはファンから「赤羽橋ファンク」と呼ばれ親しまれてきた。大人数でユニゾンをすることで、類を見ないチアフルな日本独自のファンクスタイルになっている。無印のモーニング娘。の頃は個人の歌唱力に期待する楽曲は多くなかったと思うが、最近はこぶしファクトリーなど、ソウルフルなヴォーカルを抱えたグループも出てきて目を瞠る。

いま、ファンクを得意とするアイドルを紹介するなら、フィロソフィーのダンスを挙げなければ嘘だ。インディーズ時代にはなるが、宮野弦士の繰り出すシックでタイトな楽曲群は、驚愕のアイドル・ミーツ・ファンクとしていまも私に鮮烈な記憶を残している。各種サブスクリプションサーヴィスで聴けるのでぜひ。

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こうしてファンクは日本の音楽シーンにしっかり根を張り、ブラックミュージックとは異なる味わいを醸成している。初期のハロプロやフィロのスはほとんど生楽器であったが、テクノ、エレクトロニカなどと融合したジャンルも人気が高く、近年は電子音の厚い曲もリリースしているようだ。

「トイ×トイ☆パーティ!」は、Sputripが満を持して電子音ファンク界に殴り込みをかけてきたという、その狼煙なのではなかろうか。

 

作曲は須田悦弘 (Relic Lyric)。フュージョンを得意とする鍵盤弾きの作曲家である。提供曲の作風は、ピアノバラードからアップテンポ・スウィング、アイドルロックなど幅広い。

歌詞はなんとSputrip。3人で案を出し合い、ハノンさんが取りまとめたとのこと。「アイドライフライト」で十分押韻を楽しんだ矢先で恐縮だが、言わずもがな、「トイ×トイ☆パーティ!」にもそこら中に韻が仕掛けられている。例えば、

などなど。2Bの押韻は、単語の最初で踏む「頭韻」でありレヴェルが高い。

 

「toi toi toi」というドイツのおまじない言葉がある。デーモン閣下NHKの番組で歌っていた曲からご存知の方もいるだろう。テーブルを拳で3回叩きながら言ったり、大声でみんなで叫んだり。一説には、「toi」はTeufel(トイフェル;悪魔)の略で、大きな音とともに悪魔を追い払う簡単な儀式なのだとか*15

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こうして、「トイ×トイ☆パーティ!」の「トイ」には、

  1.  toy=おもちゃ
  2. 〈問い→解いて〉
  3. toi toi toi

との意味合いを込めることができた。Sputripは3人組なので、toi toi toiが3回繰り返す言葉であることにも、不思議な符合を感じる。

 

メロディを聴き込めば、かなりマイナーチェンジが施されていることに驚愕する。間違いなく、1番と2番で"少しだけ"異なる音を歌っている箇所があるのだ(レコーディング時には同じ音にしていたものを、のちのミキシング時にピッチ調整したという可能性もわずかに考えたが、ライヴのときも音源と同じ音で歌われていた気がしたんだよな……。とりあえずCDの音が正式、という仮定で進める)

Aメロ。1番〈ミニカー〉のD音が、2番〈滑り〉ではE音になっている。

 

サビ。1番〈宵〉〈トイ×トイ×トイ〉のD♯音が、2番〈べ〉〈トイ×トイ×トイ〉ではD音になっている。
更に1番〈そう愛の〉のD音が、2番〈宙の〉ではE音になっている。
大サビは複雑で、〈ツーの〉は2番と同様でE音、〈トイ×トイ×トイ〉は1番と同様でD♯音である。

これなに?

自分が歌手だったら普通に狂う。誰も気付かないだろ、と思いながら必死に覚えるかもしれない。でも、2番でマイナーチェンジを施したくなる気持ちはめちゃくちゃ分かる。このように、ビートが定まっていて、ある意味メカニカルな楽曲は、シンコペーションで遊ぶよりも、音程で遊ぶほうがやりやすいのかもしれない。

 

サビのルート進行がジューシィで、これだけでも腰が砕けてしまう。key=Emなので、EをⅥとおくと、【Ⅵ→Ⅱ→Ⅴ→Ⅲ→♭Ⅶ】と【Ⅵ→Ⅱ→Ⅴ→Ⅰ→♭Ⅶ】の繰り返し! 動き自体はトゥーファイブの発展ではあるものの、毎回♭Ⅶ(しかもこれはコードも書けば7(♯11)ということになっている。まあ係留音と半音の内声移動で綺麗に流れているけど単品で見ればトライトーンを含んでエグい鳴りだ)を挟んで、サビの一番最後にも♭Ⅶが鳴るのだ。Ⅰで解決しない。これがたまらん。「ハイすぐ次!」と、メジャールートのⅠとマイナールートのⅥを結びつけ、推進していくための♭Ⅶだ。循環コードというやつ。

つまりこれは、終わらないパーティ、ってことなのか……?

 

そうなのかも……?

 

Sputripは終わらない……

 

(^ω^)

*1:栗本斉『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』星海社新書, p.168

*2:柴崎祐二『シティポップとは何か』河出書房新社, p.33

*3:同*2, pp.301-2

*4:同*2, p.336

*5:シティポップが下火となった1990年前半、UKインディーポップ、ネオアコースティックからインスピレーションを得たギターポップが「渋谷系」として発展した。この潮流を汲み、90年代後半から2000年代にかけて発生した軽妙なポップスをざっくり「ポスト渋谷系」と称する

*6:吉田哲人、7インチシングル「光の惑星 c/w 小さな手のひら」発売記念インタビュー | Record People Magazine

*7:PPPH」はもともとコールの呼称だが、このコールを合わせられる曲の一部分に対しての呼び名にも転用される

*8:そういえば、CoryってVulfpeckの正式メンバーでは無いらしい。知ってた? 私は知りませんでした 参考:Vulfpeck(ヴォルフペック)の正式メンバーが4人だけである理由――なぜ、Cory Wongは正式メンバーではないのか?|Dr.ファンクシッテルー (note.com)

*9:Shiggy Jr.「サマータイムラブ」インタビュー - 音楽ナタリー 特集・インタビュー (natalie.mu)

*10:80年代ソングとシティポップのルーツとは?① – WHY日々WHY (xsrv.jp)

*11:「ヨハン・マッテゾンの調性格論とルネサンス魔術的な思考の残滓」OUJJAS_2022_02_237-244.pdf

*12:通称「分数aug」。根音に加えて、2・6・10半音上の3音を重ねた四和音を「Blackadder chord」と呼ぶことがあるが、転回形によって分数コードとして解釈した方が適当か、テンションコードとして考えた方がよいかは異なる。2010年代後半にアニソン・ゲーソン界で使われ始め、瞬く間に普及した強烈なコードである

*13:アイドルの自己紹介曲は(特にメンバーが多いと)、共通のオケに乗せて歌詞だけが別、というパターンになりがちだ。あるいは、『魔法先生ネギま!』のキャラクターソング「出席番号のうた」(麻帆良学園中等部2-A)などでは、特徴的なキャラだけを数人選択して曲調を変える、といった方策が採られている

*14:メジャーとマイナーを入れ替えることを「クオリティを変える」と呼び、よくある技法である

*15:【今週のドイツ語】Toi Toi Toi | ドイツ大使館 − Young Germany Japan (young-germany.jp)