イルリキウムです。
映像作品には人それぞれ色々な楽しみ方がある。
出演者に注目する楽しみ方。ドラマなら俳優、アニメなら声優だ。
作者を重視する楽しみ方。原作者や脚本家のファンだから作品を見る、というのはよく聞く話だ。
制作会社で選ぶ楽しみ方。アニメで顕著だが、ドラマも制作局オリジナルのものは色が出る。
そんな中、音楽オタクにとっては、「劇伴」から目を離すわけにはいかない。
映画だろうとドラマだろうとアニメだろうと、CMやニュース番組、バラエティ番組に至るまで、背景には音楽が流れ、場面を彩っている。
(ちなみに上記の分類は階層が異なるが、イメージを重視したためなので悪しからず)
常日頃、音楽担当に目を向けて映像作品を見ているそこのあなた。
……おそらくそれはマイノリティだが、大丈夫。今日はそういう話をする。
というか、今日も、そういう話をする。
さっそくだが
本稿で取り上げる私の好きな劇伴を紹介する。こちら。
TVアニメ『灼熱の卓球娘』劇伴
「灼熱の卓球娘 ミュージックコレクション」のDisc1, Tr.12に収録されている。
フルで聴いたことのない方、申し訳ない。ここから先はずっとこの曲とこの作品の話をする。
ネットでも買えちゃうよ! 便利な世の中になったものだ。
追記: 無料でも聴けちゃうよ!
私のことをご存じの方は「はーやっぱりなそうだろうな」と肩を竦めているに違いない。
何せ、私が普段からよく話題にする作品、話題にする作曲家(集団)なのだから。
正直に言うと、私はさほど劇伴全般に明るいわけではない。
音楽オタクではあるので、耳に入ってきた音楽はなるべく調べようと努める。
が、ドラマやアニメに触れている時間はそれほど多くない。
必然的に、劇伴に触れるのは、作曲家経由か、たまに現れる"ちゃんと観た"アニメ経由になるわけだ。
卓球娘は、私にとっては稀有な、"めちゃくちゃちゃんと観た"アニメである。
そりゃ音楽も聴いた。聴き込んだ。
だから、「好き」というわけで。
「Aというジャンルに詳しい人が選んだ、ベスト of A!!」などという立派な代物ではなく、「他のは知らんけど、これは知ってて、かつ好きだよ」というものについて語るだけになっちゃうわけで……。
あ、これは前置きの皮を被った言い訳です。
そろそろ1,000字書いたので、本題へ参ろう。曲を持っている方はぜひ手元、いや耳元に置いて、じっくり聴きながら読んでみてください。
<0:00~ リズムパターンの導入>
テンポはおよそ174。かなり速い。
ミュートのかかった単音のエレキギターが以下のような音型をリフレインする。
ドラムもベースも無い中で、最低音のGがビートを刻んでいる。
八分音符1:八分休符2、これがこの曲の根底にある基本のリズムであるようだ。
対して、同時に鳴っている高音(これも広く取ればG音)を聴いてみよう。ポロンポロンと不規則である。不規則というか、うまく拍子にハマってすらいない。強弱もランダムに聞こえる。
まるで、ピアノ弦の上にピンポン球を落として勝手気ままに弾ませたような、そんな軽い響きを持った音質と拍感だ。
この2つの異なる質を持った音に、徐々に他の楽器のラインが重なっていく。
(厳密に言うと、こっそり8ビートを刻む細かい小物楽器の音色もある。これのおかげで我々の耳はしっかりテンポを感じることができている)
<0:06~ 空白を埋めていくリズム>
5小節目から、ピアノのおかずとハンドクラップが入ってくる。譜面を見てほしい。
ピアノのおかずもまた、1:2の規則を2小節を1単位にして繰り返している。しかしギターの最低音とは半拍ズラしている。
そして、手拍子は独自のリズムパターンを持っているが、ギターの最低音もピアノも入っていない拍にはこの手拍子が存在するのだ(2小節単位の最終拍を除く)。
つまり、この3つのラインが、8分音符の細かさで密に譜面を埋めているわけだ。
こうしたトーンの違う音たちが、楽器毎に見れば休符を挟んで、全て一緒くたに見れば休符無く、根音Gの上を走っていく……。
まさに、試合が始まる前の、卓球台を取り囲むすべての人間が感じている、異なる種類のドキドキワクワクをイメージさせるのだ!
そもそも、「ラブオール」というのは、双方無得点、0対0を意味する用語である。
一部の得点型スポーツにおいて、審判が試合開始時にコールする。
つまり、「ラブオール!」という声が掛かった瞬間は!
まさに、今試合が始まらんとする、その瞬間に他ならない!
直後、選手の手元から球が上空に放たれ、ファーストサービスの小気味良い音が響く……!
そう。
『ラブオール!』という曲は、試合開始の瞬間に、
選手が、審判が、ベンチが、観衆がそれぞれに感じている、
跳ねて飛び出てしまいそうな胸の高鳴りを表現しているのである。
重ねて言及するなら、手拍子はスポーツ応援に欠かせないファクタ。
見事に"スポーツらしさ"を演出してくれている。
<0:15~ 主題に突っ込んでいく>
3つのラインによるリズムが一瞬途切れ、クレシェンドするドミナントのD音が現れる。
そこに乗っかるのは、弦1本の軽い音から引き継がれたピアノのデクレシェンドするD単音と、1:2を崩さないエレキの4音。
このピアノ単音がかなり憎い。
バックは主題に向かってクレシェンドで突っ込んでいるのに、相反してピアノは音強が減弱する。
あたかも、卓球台にバウンドするピンポン球のようである。
ここで一瞬の緊迫感が生まれる。
<0:17~ ストリングス主体の主題>
ベースが入ってきて重厚さが出てくるのと同時に、メインをストリングスのユニゾンが取り始める。
2小節の単位を2回繰り返したのち、1オクターヴ上のVn.が重なって、またこれを2回繰り返す形式だ。
さて、よく聴くと、ハンドクラップのパターンが導入から変化しているではないか!
導入部をクラップA、主題部をクラップBと呼ぶことにしよう。
クラップAでは、最初3小節が「パンパン・パパパン」と同じパターンだった。一方、クラップBでは、1, 2小節目のパターンが異なっている。
しかも、しかもだ。クラップBの中でも、1小節目と5小節目(つまり2サイクル目の頭)にはマイナーチェンジがある!
(具体的には、3つ目の休符が音符に変わって「パンパン・パパパパ」になっている)
またイメージの話になって恐縮だが、クラップAは、比較的「静」、クラップBは「動」を司っているように思える。
この主題部、おそらくまだ試合は始まっていない。
私が思うに、「ラブオール!」と声がかかるのは、本曲の最後の最後だ。試合中はまた違った音楽が相応しい。
では、主題に入って何が変わったかというと、私は主人公のドキドキにフォーカスが移動したのだと考えている。
映像的に言えば、
導入部→カメラは会場を広くパンして、場内様々の表情を映す
主題部→主人公選手にズームし、彼女の弾む心の内を映し出す
となろう。
これからどんな試合が展開されるんだろう、相手は自分と戦うためにどんな戦術を準備してきているのだろう、自分はそれにどう対抗していくんだろう……。
うずうずするような期待感。これが主題だ。
<0:28~ まだまだ続くうずうず>
ベースがいよいよ動く。(key=G)♭Ⅶ→Ⅵ→♭Ⅵ→Ⅴと少しずつ下っていくのだ。それに合わせて、内側で鳴るピアノは分散和音としてコードを取る。分散しているピアノはきらびやかで、かつアクティヴさを喚起する。
最高音はVn.のGが4分音符を打って係留している。はやく試合がしたい! という気持ちが全面に出ているようだ。
そんなはやる気を一旦落ち着かせるように、グリッサンドでオクターヴ下った先には……?
<0:39~ クリシェの昇降>
がっつりミュートをかけたエレキの刻みに、少しだけ16分のスパイスを入れたスネアのビート。
そして、この曲で絶対に欠かせないパーツ、アコースティックのカッティングによるクリシェである。
Ⅰ→Ⅰaug→Ⅰ6 (omit5)→Ⅰaug。
この上がり下がりが、20秒間に亘って続く。
まさに! うずうずの極地!
「あ~~打ちたい打ちたい! 落ち着け落ち着け! でもはやくやりたいやりたい!」
こんな心の叫びが聞こえてくるようだ。
前半の8小節を終えると、ハンドクラップが再度入ってくる。
パターンはクラップAである。
そしてⅠ7で開放されたとき……私は毎度毎度昇天してしまいますね……ええ……。
<1:01~ 上行と下行の挟み込み>
昇天したとて休む間など無く、聴きどころは次々やってくる。
半音での行き来でうずうずしたあとは、今度は全音の行ったり来たりに。
長い音価でおおらかに進行していく裏でもカッティングは続いており、多少は落ち着いていながらも、そわそわしている様子が見て取れる。
ここのポイントはもう一つ。
メロディとベースの上下行が反対方向になっていることで、縦の幅が出てきている。この周辺ではベースラインもかなり遊んでおり、鮮やかさを感じる部分だ。
一番最後は、ユニゾンで合わせて上がる音型に。
もちろんこれは、試合開始に向けてどんどん気持ちが昂ってきている様子だ。
僅かに押し込むようなクレシェンドもかかっており、熱さは高まるばかり。
<1:12~ ベースソロとエロストリングス>
ここで状況は一旦クールダウンする。
ギターのカットが揺蕩う中、ベースが豊かに歌い上げる部分だ。
だが、ざわめく心の炎はまだまだ勢いを増すのだ。ストリングスのトリルと、下に向かうグリッサンドによるフィルイン。
ここが! 私の最も好きな箇所です!!
特に弦のパートをまたいでグリッサンドしていく箇所は、拍頭にアクセントががっつりついており、直前のシンバルのアタックも相俟って激アツ! なんです!!
滝のように、しかし重力にしたがって落ちていくのではなく、意思を持って猛然と下っていく音たちが、パートからパートへ受け渡されていく様子を想像する……。精神の深くを刺激してきて、腰が砕けてしまう。マジで官能的。マジで。
もうほんとに、ここを聴きたいからこの曲を聴いているまである。
<1:23~ 手拍子の復活>
で。そんでな。
今回も後半から手拍子が入ってくるんだよな。そして今度のパターンはクラップBなんだな。
前述したように、クラップAは、3小節同様のリズムを繰り返すため安定感があるのに対し、クラップBは、2小節目の頭が抜けているためリズミカルさをより感じられる。
曲の終盤に向けてガンガンいきましょう!
<1:34~ 音数の妙>
……と、この再現部、意外と音数が少ないのである。
9thを掻き鳴らすギター、単音を触っていくエレキ、オクターヴを叩くベースに、あとはドラムス。
音の厚みや広がりを作り出す肝である擦弦楽器は、ひとまず不在だ。
しかしこれでもウキウキ感が持続する。なぜか。
それは、前半に聴いたリフが、脳内で再現されるからだと考える。
何せこのエレキの音型は、導入部のメロから、一部を取り出して作られているのだから。以下の譜例をご覧いただきたい。
イントロで「ベースの役割を果たしている」と説明したG音。感覚上、上のパートと切り離されて聞こえていたはずだ。
再現部のエレキは、この"上のパート"のはじめの音(譜の赤丸)が、そのまま残っている形となる。
タイミングとしては、イントロでピアノが叩いていた箇所だ。
主題部においてストリングスでも聴いたこのフレーズは、曲中ビートが変わらぬおかげで、頭の中に残っているはずである。
これが、再現部で音数が減っても虚ろに感じない秘密なのだ。
もちろん、ベースが縦に大きく動いていることの貢献も忘れてはいけない。
<1:45~ 華々しいストリングス>
最終的には弦楽重奏も加わり、ワクワクは最高潮を迎える。
音も徐々に高音域へと移っていく。
以下の譜面でみる7, 8小節目は、今まで休符だった2拍目の頭も最高音で埋まっており、「ソファソ」3連発がなんとも心地よい。
<1:56~ フィナーレ>
一瞬だけイントロのパターンを覗かせてから、sus4の5連発で押し切る!
この締めも、なんとも爽快である。
中音域に4thを忍ばせているため、sus4感を強く出さず、パワーコードライクとなっている。ある意味力業で締めているのだ。
しかし、しっかり残響にはCが残っている。
何しろ、この曲が終わったということは、今から試合が始まるのだ。ドキドキはこれからもっともっと続くのだ。
なれば、パワーコードで断絶させてはいけない。解決はまだ先だ。
このサブドミナントのC音は、楽しい未来を予感させる。
審判の声が高らかに響く!
「ラブオール!」
聴きながら読んでいただけただろうか。
なになに。名曲すぎて、読みつつ30回ぐらい聴いてしまった? うむうむ結構なことである。
この曲は、1話のムネムネ vs. あがり戦や、2話のハナビ vs. あがり戦などで、試合開始の高揚した様子を効果的に際立たせているのみならず、
12話の合宿最終日、部内トーナメントの際にも使用された。
思い出深いのは、ライブイベント「雀が原中学vsもず山中学」のOP映像である。
あの頃、すでに『ラブオール!』の虜になっていた私は、イントロの弦が弾ける高音の1つ目が「コン……」と聞こえた瞬間から、全身の力が抜けた。
徐々に会場に手拍子が広がっていく。
演者が次々と紹介されていく。バビョーンとライブタイトルが打ち出される。
ジャジャジャジャジャン!(sus4)
あ、やば……資料映像見てたらまた泣いてもうた
このときはフルver.ではなかったが、心を打つには十分すぎた。
そりゃそうだ、最初の一音で撃ち抜かれてるんだもんな。
卓球娘の劇伴には、他にも語りたい曲がいくつかある。
これは事あるごとに話題に挙げているが、10話Bパートのアイキャッチに喰い込んでくる『私の全力!』(作編:田中秀和。以下同様)。
こより vs. くるり戦を盛り上げた、屈指の名劇伴である。
あがりのイメージ曲『Aim for the Top↑↑↑』(広川恵一)。
話数の浅いうちから使われていた。上行する音型がしつこく用いられており、まさしく「あがり」を表現している。
『練習開始!』(高橋邦幸)には驚かされた。
OP『灼熱スイッチ』(田中秀和)や挿入歌『V字上昇Victory』(田中秀和)にも効果的に使われたピンポン球の音。
『練習開始!』も、冒頭は明らかに何の作為も無いランダムなピンポン球のバウンド音……、と思わせて、バッキングが入ってくると、このピンポン球が軽やかなリズムを刻み出す。
あれっ? 最初から合ってたっけ? と聴き返すとそんなことはない。確かに、1小節ほど先んじているが、あまりに自然に繋げられているから気付けなかっただけだ。
メロディも流麗甘美で、高橋さんらしい一曲。これも好きだなあ……。
『V字上昇~』といえば、12話Bパートで長尺で使われたことが記憶に残っている。アニメ本編でしっかり使われてくれて嬉しかった。
12話は『ドキドキが止められない』(広川恵一)も印象深かった。こよりとあがりの渾身の打ち合い。一瞬の緊張ののち、笑顔が弾ける。そんなシーンにぴったりの劇伴だ。
あ~話が止まらなくなっちゃいますね~。
とりあえず『ラブオール!』の話はこれでおしまい。長々とお付き合いくださりありがとうございました。