論理の感情武装

PDFに短し、画像ツイートに長し

「夜な夜な夜な」しか知らない貴方にお勧めする倉橋ヨエコ5選

f:id:I_verum43:20210131111626j:plain

 

イルリキウムです。

 

みなさんは「夜な夜な夜な」という曲を聴いたことがあるだろうか。

2007年、エジエレキ氏によるFLASH非公式PVがニコニコ動画にアップロードされた。
再生回数はミリオンを突破しており、"幻想狂気系ムービー”がお好きでニコニコを巡回していたような仲間たちにおかれては、どこかのタイミングで観たことがあってもおかしくない。

www.nicovideo.jp

 

この心を抉ってくるような歌詞と、力強く纏わりついてくる歌声、嘲るように周囲を飛び回るピアノ。

当時中学生だった私は、「えっ??」と自分の持つ世界観を一瞬揺らされ、そのまま1時間くらいリピート再生した挙句、「はんせーぶん、はんせーぶん、はんせーぶん」と繰り返すロボットと化してしまった。

今思えば、あれが音楽的中毒というやつだった。

 

その後、ヨエコ楽曲で東方MADや艦これMADなどが作られたり、深夜ドラマのくるくる入れ替わるEDテーマに楽曲が起用されたりしているが、「夜な夜な夜な」の知名度には敵わないまま、現在まで時は流れている。

TikTokで「友達のうた」が流行ったらしいので、母集団によってはこっちの方が有名かもしれない)

友達のうた

友達のうた

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

倉橋ヨエコは、その歌詞の持つ求心力が強すぎるせいか、感想記事を書いている諸氏の多くは詞に言及することがほとんどである。

しかし楽曲オタクとしては、曲そのものこそ見逃せない。彼女の作品は、掘り下げ甲斐が存分にある。

もし、1曲しか知らない、あるいは倉橋ヨエコ is 誰、と思っている楽曲オタクの方がいたなら、ぜひとも他の曲にも触れてほしい!

ヨエコスキー・イルリキウムのそんな思いを原動力に、今回の記事は展開していく。

 

 

ところで今活動してんの?


彼女は3歳からピアノに触れ、武蔵野音大(器楽科)を卒業。生粋のクラシック出身ピアニストである。

2000年にインディーズデビュー、2005年にメジャーデビューを果たし、作風の幅をどんどん広げていくが、2008年に突如の「廃業」。以来、音楽業界から忽然と姿を消した……。

と、私は思っていたのだが、何やら中国で名義を変えて活動しているという話がある。びっくらこいた。真偽が定かでないので、このことを話題にしているブログ記事を貼るに留めておこう。

jukelog.com

 

※追記 (2023.7.1)

歌手活動再開という一報が。マジなの。

ヨエコ(@new_yoeko)さん / Twitter

 

 

ヨエコ楽曲のポイント


さて、5選を紹介する前に、彼女の楽曲に触れる上で念頭に置いておきたい「特長」を考えてみたい。

 

① クラシック仕込みの暴れるピアノ&情念のヴォーカル

前述したように、彼女はクラシックピアニストだ。

クラシック曲をそのまま引用した曲もあり、「土器の歌」には、ショパンのピアノ・ソナタ第3番 Op.58 第4楽章が現れる(試聴では聴けない部分でごめんなさい)。

土器の歌

土器の歌

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

imslp.org

 

他にも「喫茶ボッサ」では、同じくショパンの木枯らしのエチュード(Op.25-11)をアレンジしている。ボッサ部分にもフレーズが引用されているし、冒頭部分も原曲がほぼ近い形で使われている(CメジャーのところがCM7になっていたり、左手のおかずが増えていたりするが)。

喫茶ボッサ

喫茶ボッサ

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

imslp.org

 

その経験値を反映してか、彼女の初期曲(インディーズ時代)は、ピアノ+ドラムスと歌声をメインとして構成される曲がほとんどである。

シャバダバ」などのスキャットを多用し、ジャズ・ポップスの曲調をベースにしつつも、オクターブの連打や分散和音などクラシックの基礎技法をふんだんに鏤めたその伴奏スタイルは、シンガーソングライター界を見渡しても、特異的な世界を構築しているといってよい。

歌詞には、女性特有の強い情念が籠ったものが目立ち、鍵盤を強いタッチで叩きながら時に腹の底から、時にユーモラスに歌い上げる様子はまさに、自己の音楽に恭順する"狂気"「狂鍵ヨエコ」という二つ名にも納得だ。

 

② 跳躍音型による執拗なリフレイン

前述したように、こちらの心を雑巾絞りにしてくるような言葉たちを繰り出す彼女のもう一つの武器は、「そんなに何度も言わんでも!」と泣きたくなるような言葉の反復である。

これ、歌詞カードにもちゃんと回数分書いてあることが多い。つまり、表現上のリフレインではなくて、最初から「この回数だけ言う」なる意思を持った歌詞なのだ。まるで流鏑馬。直線的な連撃だ。

そして、この連撃の殺傷力を引き上げているのが、跳躍するメロディ。予想していないところに突然飛んでくる高音は、聴き手を射竦める。

 

例えば夜な夜な夜な

f:id:I_verum43:20210131141432p:plain

 〈反省文 反省文 反省文〉、〈感想文 感想文 感想文〉という詞に当てられ、【ソ♯→ファ♯】の短7度跳躍が幾度も繰り返される。曲中、実に17回。

 

ここにいる

f:id:I_verum43:20210131150536p:plain

 〈私など いないもいっしょ〉なんて悲哀に満ちた詞だと思いきや、ラテン系のリズムに乗せてファンキーに歌われる。跳躍は大きくないが、その代わりに歯切れのよい発音が突き刺さってくる。サビの歌詞は8割がこれ。

 

損と嘘

f:id:I_verum43:20210131155112p:plain

〈う〉の音は、GともG♯ともつかない不思議な当て方をしているが、どちらにせよ7度である。「ソーントォウッ ソォォー」の発音も癖になる。

 

などなど、枚挙に暇がない。

 

③ 未練がましい階名シの終止

ヨエコ楽曲には、メロディの最後が主音で終わらないものが少なくない。

そんな中、特に目立つのは、階名シの音。マイナーキーの楽曲が多いので主音をラと考えると、シはトニックに対して2nd(ルートからは離れているので9thと言う方が正確かもしれないが、私は主音の隣ということを意識させたいので、以降も2ndと呼ぶ)に相当する。

f:id:I_verum43:20210131162037p:plainかねてより、私は2ndでメロを終わらせる曲に並々ならぬ愛情を注いでいる。

あと一歩でトニックに帰らないこの音は、すんなりと安定した場所には留まらずに次に進んでいくぞという意識、あるいは、地に足の付かない浮遊感などのイメージを与えてくれる。

例えば、次のメロディを聴き比べてみてほしい。まず主音で終わるメロ。

f:id:I_verum43:20210131165137p:plain

主音で終わるメロディ

安定。帰ってきましたよ感。悪く言えば予定調和。みんなの想像通り。

 

次に、全音上げて2ndで終わらせるメロ。

f:id:I_verum43:20210131165730p:plain

2ndで終わるメロディ

軽い。ふわっと夢見心地。おっ、と耳目を引く。まだ展開があるかも。

2nd終止の威力、分かっていただけただろうか。

 

話は戻って、ヨエコ節のマイナーキーにおける2nd終止はどう聞こえるかというと、穏やかでない空気を纏っていることがほとんどで、「これで終わりじゃないからな……」という怨念めいたものを感じさせる。
メジャーでは良い意味として捉えられた"浮遊感"は、マイナーにすると"不穏さ"に変貌を遂げてしまうのである。

 

さて聴いてみよう。まずはコール&レスポンスが楽しい依存症 ~レッツゴー!ハイヒール~

f:id:I_verum43:20210131175625p:plain

key=Dm。最後のEは2nd(階名シ)に相当する

 

キャバレー。お洒落スウィング。

f:id:I_verum43:20210131182455p:plain

key=Bm。最後のC♯はやはり2nd(階名シ)に相当する

 

雰囲気を掴んでいただけただろうか。

ちなみに、これと関連して、ムード歌謡を想起させる以下の音型が出てくることがある。ヨエコ曲を語る上では外せない響き。コード名でマイナー・メジャー・ナインス(mM9)という。

f:id:I_verum43:20210131190019p:plain

どことなく郷愁を誘うような、暗いけど暗くなりきらない不思議な音の重なり。

この独特な響きの理由は、5th(=譜例ではE音。音名ミ)を蝶番にして、マイナートライアドとメジャートライアドが結合されていることによるのではないか。土台にはマイナーがあるので全体的に暗めではあるが、上澄みにはメジャーが隠れている。 この真逆の二面相感。ぞくぞくしますな。

 

さあ!

前置きが長スギ薬局になってしまったが、本題の5選参りましょうか!

f:id:I_verum43:20210131191819p:plain

「あらスギ薬局」「いらっしゃいませ~」「あ、こんにちは」「ポイント100万ばーい」

 

こんな曲もあるんだよヨエコ5選


 

部屋と幻(歌:タテタカコ

歌演/倉橋ヨエコ
作詞・作編曲/倉橋ヨエコ

部屋と幻

部屋と幻

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

アルバム『お中元』より。

インディーズデビューミニアルバムである『礼』に収録された楽曲を、ピアノ弾き語りシンガーソングライター・タテタカコさんとの連弾&デュエットとしてリアレンジしたものが本曲である。

お勧めポイントは、原曲に比較して打鍵も発声も、エッヂの効きを増している点だ。互いの演奏に乗せられるように、熱を帯びていくピアノはまさに圧巻。
セコンドの左手(=最低音パート)はまるで、ティンパニに両手でマレットを振り下ろしているがごとく。逆にプリモの右手(=最高音パート)は、一音一音の粒立ちが良く、煌びやかである。私は指の力が弱いので、恐らく彼女たちほど強いタッチで弾けない。鍛えなさいよ。

ヨエコさんは鋭く歌い上げるシンガーなのに対し、タカコさんは丸みを帯びたソフトな歌い上げ方をする歌い手である。
声の芯に通る熱さは似通っている一方で、この表面の鋭・滑が異なっているから、それぞれのソロには無い味わいを生み出している。これぞケミストリー……!

 

余談だが、私がカラオケに行くとエンジン全開で歌える曲が3曲ある。そのうちの1曲がこれだ。
残りは「射手座☆午後九時 Don't be late」と「ZONE//ALONE」っす。

 

 

春待ちガール

作詞・作曲/倉橋ヨエコ
編曲/熊原正幸

春待ちガール

春待ちガール

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

本記事のコンセプトは、「『夜な夜な夜な』しか知らない貴方へヨエコ曲を紹介する」である。

換言すると、倉橋ヨエコの曲は『夜な夜な夜な』のようなエグみの強いシャバダバピアノ曲しかないんだろ? と思っている人に別ベクトルの楽曲をぶつけてひゃ~~と仰け反らせる」ことが目的というわけだ。

正直言って初期のアルバムはほとんどシャバダバピアノといって差し支えないが、実は最終作から遡っての2盤『色々』と『解体ピアノ』には、趣向の異なる多彩な曲が収録されているのだ。

 

ラストアルバム『解体ピアノ』のM3、みんなのうたで流れてきそうな、キュート極まりないナンバーが現れる。
初めて聴いたときマジでヨエコさんの作曲じゃないと思ったし、なんならカヴァーかと思ったくらいだ(同アルバムには小坂明子「あなた」のカヴァーが入っていることだし)。
何故って、矢野顕子の「春咲小紅」みたいな雰囲気をひしひしと感じるからだ。特に間奏部分の電子音が飛び交う箇所なんか、当時の坂本龍一のコード回しをめっちゃ思い起こさせる(メジャーセブンスの半音移動とか)し、幸宏のエレドラから出てきそうな音もしてるし! これMoog Ⅲc使ってんじゃないの?

f:id:I_verum43:20210131213927j:plain

YMOと共にあった"箪笥" Moog synth. Ⅲc(写真は松武秀樹HPより)

でなければ谷山浩子。彼女がハイテンポカワイイ曲を歌うときに似ている。「ニャコとニャンピ」とかかな。

でもこれ、倉橋ヨエコ作詞作曲なんですよね~! 騙されましたね~~!!

ヨエコはヒトの生存に必須の栄養素なので、シャバダバが苦手な方はこれでヨエコ分を補充してもらおう。

 

 

バルンの不思議な旅

作詞・作編曲/堂島孝平

バルンの不思議な旅

バルンの不思議な旅

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

アルバム『解体ピアノ』よりM8もいってみよう。

こちらは作詞作曲を堂島孝平氏が手掛けており、彼のセンスが凝縮された爽やかなポップスに仕上がっている。ニューウェイブとかネオアコとかその辺りの風。

全編に亘ってアコースティックギターがパァっと明るく咲いており、その上を厚いながらも清澄なコーラスが漂っている。こんな曲書いてみたいわ。

間奏のエレピで奏でられる単音、これがまた可愛さに拍車をかけている。

サビのフレーズ、なんか80年代っぽいなぁと聴いていたが、松田聖子赤いスイートピー」のサビと音型が似ていたからかもしれない。調が同じト長調で、カブるのもほんのちょっとだけどね。

 

同じアルバムから3曲も挙げるのはな……と思って選外としたが、M7の「恋予報もシティポップの香りを漂わせる名曲。私と趣味の近い、具体的に言うとMOタクのみなさんにおかれては、「バルン~」や「恋予報」なんか結構グッと来るのでは?

「恋予報」は、ティンバレス的な音のフィルインが鮮やか! 似たような曲を聴いたことがあると思うんだけどなんだっけ。

 

 

マネキン人間 feat.松浦正樹

作詞・作曲/倉橋ヨエコ
編曲/不明

マネキン人間

マネキン人間

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

シングル『友達のうた』c/w。「マネキンになる」という思考に囚われる主人公という、歴代屈指のサイコホラー的内容を誇る

イントロ。ひたひたと忍び寄るような半音移動、どっかで聴いたことあるでしょう。

f:id:I_verum43:20210131225742p:plain

マネキン人間

 

そう。このパターンは坂本冬美夜桜お七」のリフだ。

f:id:I_verum43:20210131225020p:plain

夜桜お七

はい! 全くおんなじ音型ですね!

半音単位で揺らしていること、そしてBPM100を遥かに下回るテンポで歩みを進めてくること。何かが近寄ってくる雰囲気がして非常に不気味である。

 

聴き進めると、〈10日前〉〈7日前〉〈4日前〉〈2日前〉と、これまた奇怪なカウントダウンを聞かされる。〈明日マネキンになる〉なんて言葉、キマった双眸をした誰かに目の前で言われたら絶対声出なくなって生まれたての子馬みたいにカックンカックン逃げ出すだろうし、夜の教室の黒板に書いてあったら失禁して卒倒する。

 

最後のメロディ、これは前述のポイントが効いている。

f:id:I_verum43:20210131230342p:plain

これはkey=Cmなので、実音レが階名で言うとシ。2ndの終止。

そして上ってくる音を拾うと、ルート+m3+P5+M7+9。ほーらmM9だ! 最高~~!

 

なお、『解体ピアノ』にはExtra Piano Mixとして、高音のデコレーションがド派手になったアレンジバージョンも収録されている。一聴の価値あり。

 

 

残り者

作詞・作曲/倉橋ヨエコ
編曲/倉橋ヨエコ・根上誠二

残り者

残り者

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

最後の1曲、何を持ってくるか悩みに悩んだが、コンセプトを無視して情念系ピアノ曲を持ってきてしまった。
理由は偏に、私がもうめっちゃくちゃこの曲が大好きだからである。

ポップスピアノ弾きにとって唾液すっごい出ちゃうような進行も、
〈美しくはなれぬ〉という3連符の上行音型も、
〈あなたのいない空気吸っても〉という大胆な省略も、
全てが私の心臓をむんずと掴んで離さない。

 

後半の〈いないんだもん〉の連発、これぞ倉橋ヨエコという凄みを感じる。
そしてこれも! key=Fmに対してメロはG音で終わっているのだ……!

もうここまでくると呪いだよ呪い。

逃れられない。

あなたももう。

 


 

―― 痛いよ 温かいよ 出会いはそれの繰り返し

   だからいいんじゃないって思います

  (「輪舞曲」より)

Misty Glorious Cycleの十二支たち(プラス1柱と1匹)を語る

f:id:I_verum43:20210111174945j:plain

 

イルリキウムです。

 

 

2019年10月、MGCproject(MGCproject☯️さん (@MGC_official01) / Twitter)の第1弾企画である"Melty Girls Creamery"について愛を綴った。

「あ~~~~これは~~~すき~~~~~」と語彙数およそ5の状態で書き始めた記事であったが、次第に脳内辞書が自律的に言葉を紡ぎ出し、文章好きでなくては読み切れない量の一作となってしまった。今読み返すと重すぎる。はてなブログの自動文字数カウントによると15,802文字。短編小説か。ここに各フレーバーの歴史的考察まで含めてしまったら、軽く倍の30,000字には達していたところだ。危ない。卒論か。卒論書いたことないけど(私の学部は卒試でした)。

 

 

このエントリは、「可愛い」と「美しい」をどれだけ回りくどくしつこく表現できるかというチャレンジ企画なんじゃないかとも思えるほどのキモ長文だったため、演者の皆さんを震え上がらせた結果ストーカー規制法の拡大解釈によりお縄になるまでありうると考えていたが、好意的な反応をたくさん頂戴し、大変助けられた。私の歓びが演者さんたちに伝わったなら、こんなに嬉しいことはない。

 

昨年秋、第2弾である "Misty Glorious Cycle" にも聊かの協力をさせていただいた。
テーマはアイスクリームから十二支へ。雰囲気も「可愛い」から大きくシフトチェンジしており、「オリエンタル」を前面に押し出す格好となった。

第1弾で目標60万円→230万円の支援を集めたプロジェクトは、今回その勢いをさらに増していた。支援額400万超。設定された目標額の倍以上に相当する。
写真集はヴォリュームたっぷりで100頁以上。
カレンダーやポーチなど豪華なリターン。加えて展示会あり。オプションでモデルさんの音声ガイド付き。

……MGC半端ないって。

f:id:I_verum43:20210111170336j:plain

滝川第二高校 中西C

そんな後ろ向きのボールもめっちゃトラップしちゃうMGCさんの展示会に私がお邪魔したのは昨年11月のこと。

会場にいらっしゃった朝比奈さん(朝比奈里奈さん (@f0u0l0v) / Twitter)に「ブログ書きますね!」と高らかに宣言したあの日から……えーっと……

 

======言い訳は良い大人のすることではないので割愛======

 

それでは今回も行ってみよう(敬称略)。
なお、〔 〕に入っている頁数は、モデルさん別にカウントしたものである。通算の頁数ではないので注意されたい。
また、写真集を購入されていない方にも雰囲気を味わってもらえるよう、公式の写真および朝比奈さんのコメントを引用させていただく。

 

the GOD/朝比奈里奈


神って。

表紙を捲ったら、1枚隔てて神降臨よ。
前回はめちゃかわサンタだったのに、華麗なるジョブチェンジ

〔1頁目〕の指先のしなやかさと、直視できない光背。干支入りを目指して走ってきた動物が秒で平伏する。
確かに、写真集の幕開けを飾るこの写真はページいっぱいに見せたい。横長の装丁にしたのはそういった理由からだろうか。

よくよく見ると、頭部を彩る宝飾品は絢爛そのもの。この放射光を模したヘドレ、どこで売ってるの……自作……?
「どこで売ってるの? 自作?」という疑問については前作から度々口にしている"あるある"である。絶対この記事でも何度か漏らすのでお楽しみに)

〔2頁目左〕のとんでもない目力とは対照的に、〔3頁目右〕の表情は慈しみに満ちた穏やかな表情で、何物をも受け入れる心の広さを思わせる。編まれた髪の毛が弧を描いてまとめられており、これも柔和さを醸し出している。個人的には薄めの口元が好きだ。まるでアルカイック・スマイル、ふわっと口元だけで笑みを湛える。ふつくしい……。

 

 

☯️the RAT/松岡侑李


え? やば、 え???

しばらく息止まってた。特に〔8頁目〕の大写し。ちょっと見下ろして相手を見定めるようなクールな表情よ。風呂場からの「オフロガワキマシタ」に刺激を与えられなかったら息の仕方をそのまま忘れて孤独死するところだったあぶね。

十二支をモティーフに据えた作品は世の中にいっぱいあるので、つい、他の"ネズミ"たちを思い浮かべてしまうのだが、実写で最高のネズミキャラ像を塗り替えられるとは思わなかった。可愛いとかっこいいって両立するんですね。無敵じゃん。だって内科治療にも詳しい外科医みたいなもんでしょ? ブラックジャックじゃん

〔3頁目右下〕、困った。制帽はズルい。これ一つで、「組織に属している従順さ」みたいな意識付けがされる。彼女が「本当に従順」なのか、あるいは「表面では恭順の意を示しているが実は腹に一物抱えている」か、どちらに転んでも最高だ。今にも走り出しそうなポーズ、勇ましい。けどカワイイ。うひょ~!(崩壊)

〔7頁目上〕の微笑もいいよね! 髪で片目隠れててちょっとミステリアスなのもいいし、ちょうど手が挙がって「はろー」みたいに言ってそうなのもいいよね。

さて。〔2頁目下〕で明かされているが、彼女の体には以下の梵字が刻印されている。

f:id:I_verum43:20210111182015j:plain

hrīḥ/紇哩/キリク

梵字には諸尊を一文字で表す役割があり、これを種子字と呼ぶ。キリクの字は愛染明王阿弥陀如来などの種子として用いられているが、千手観音、子年の守り本尊もそのひとつに挙げられる。

十二支にはそれぞれ、その年の守り本尊が存在し、それを一字で表す種子がまた存在する。彼らの体には種子字が刻まれているというわけだ。

さーあこっから先、体のどこに梵字が隠れているか、楽しみが増えてしまいましたねぇ!

 

(2021.1.17追記)

完全に男性だと勘違いしていました。謹んでお詫びして、文章を一部訂正しております。

 

 

☯️the OX/有馬芳彦


セ、セクスィーーー!!

f:id:I_verum43:20210111183409j:plain

セクスィー部長

沢村一樹もびっくりのセクスィー。額から、がばっと開いた胸元にかけての肌色。セクスィー……ああ私の脳内セクスィースカウターが……。

そして見せつけるようにデコルテに浮かび上がる種子字。なになにそんな服開いちゃって何を企んでいるのですか〔3頁目左〕。

〔1頁目〕の瞳を御覧じろ。複雑な光の反射によるその煌めきと深み。吸い込まれそうどころじゃない。もう吸い込んでる。周囲の微粒子を吸い込んで、代わりに彼が生成した同質量の"艶やかさを司る妖精"が吐き出されているのだ。彼が纏う空気だけ色が違うのはそのせいなのだ。MGCの世界観は既存の物理学を超越する

えっ……!? 〔7頁目右下〕、濡れ、てますね? 濡れ場!? ごちそうさまです!

 

 

☯️the TIGER/遠藤沙季


気怠い感じで、そういえばネコ科なのね、と思わせる表情から一転、〔3頁目左下〕のような敵意剥き出しの鋭い顔も見せる。常に野生のセンサーを張り巡らせている彼女には、気安く近づくことは出来ない感じだ。

そういった中で〔7頁目〕の無防備そうな寝姿! 分かってる分かってるよそういうのがいいんだよねこういう子はう~~ん。でも絶対近寄れないんでしょ? リーチに入ったら喉笛イかれるんでしょ? だから眺めるだけにしておきます。
しっかしこの網タイツすごい。変に色気が出過ぎていないのは、彼女の表現力ももちろんのことだが、材質による影響もあるのか。

〔6頁目右下〕、面白い写真だなぁ。まるで光の矢が伸びているように見える。ポーズも相俟って、遊んでいるようだ。

〔4頁目〕の百万円札にくすっとさせられるのもワンポイント。

 

 

☯️the RABBIT/紅葉美緒


 「あかばみお、さん……めっちゃ可愛い女優さんやね」と思ったそこのあなた! きっと最初はみんなそう思うんでしょうけど男性です! \テッテレー/

や、無理があるでしょこれで男は←諦めきれない

蓮の花がまたこの美しさにブーストを掛けている。蓮は地中から真っ直ぐ天に伸びて花をつける、清らかな花だ。

〔5頁目〕顔が良すぎませんか。真っ直ぐこっちを見ているだけなのに。こっちが完全に照れて目線を逸らしてしまう。そういや私、斉藤壮馬くんとか千葉雄大くんみたいな、くりくりした男の子に激弱なんでした。「ねえねえ」とか声掛けられたら「ひぇっ!?」とか言いながら30cmくらい跳び上がってしまうわ。色素薄くて毛細血管の赤みが見える、まさにウサギっぽい感じのメイク、脱帽お手上げ白旗です。

とか思ってたら〔4頁目右〕みたいなやつ来るじゃん。人気の無い倉庫でヤンキーがドンチャカやってそうなさ。完全に男の顔してる……ギャップは人を殺すのだよ……?

 

 

☯️the DRAGON/梅田悠


うめはるさんは、水崎綾さんとコンビで活動しているYouTubeチャンネルでよくお見掛けしているので、おちゃらけた方のイメージが強かったのですが、いや~~とんでもないね。美の巨人だった

朝比奈さんも言及しているように、瞥見しただけでも印象に残るのは四肢の隅々まで行き渡った意識。想像上の生き物であるから如何ようにも形作ることはできるが、彼女でなければこれほどの美麗さを表現できただろうか。しなやかな肢体からは、空をうねるように翔けていく龍の姿をまざまざと思い浮かべることができる。

この部屋も面白いね。背景に歯車がたくさん見える。この龍、理論派か。確かにドラゴンって長年生きてて頭良いイメージあるもんね(私だけ?)。

 

 

☯️the SNAKE/上田悠介


池袋ウエストゲートパーク……。

えっと、なんというか、私の中でこういうダメージドジーンズ履いて、金物で飾り付けて、「ダチやられたら黙ってらんねぇよな」みたいにカッコ良く啖呵切る男の人って、IWGPを想起させちゃうんよね。そう、単純にカッコ良いのよ。私はね、教室で本読んでるなよっちい陰キャで、こういうの無いから、憧れもあんのよ。

というように、今までの干支の雰囲気と大分変わって、雪駄履きに傘というのは現代下町風。だが、だが! 彼の眼と頸元見てください! この世のものじゃないでしょう? 紫基調で妖艶、その奥に毒牙を隠している雰囲気。
何といっても黒いインナー、これ何て言うの? 音声ガイドのちゃんはるじゃないけど、これが似合う男性が他にいるのかという。〔7頁目右〕、網目の下から覗く筋肉の隆起、うっひょー!

支離滅裂になっちゃいましたけど、彼の魅力は、滅多なことじゃ毒牙を表に出さないことなんじゃないかな、と想像します。「奥の手はずっと隠しておくタイプ」っていうよりは、「周りを極端に怖がらせることは良しとしないタイプ」、って感じ。目元が優しいんだよな。

 

 

☯️the HORSE/小玉久仁子


こりゃすげえや。

ウマは古来から人間との関わりが深いが、賢い動物だ。彼女からはそういった誇りを感じる。一介の人間に飼われることは拒み、たとえ独りでも、強かに生き抜く力。全身から相手を打ち据えるオーラを放っている。「生き馬の目を抜く」とはよく言うが、彼女の目を抜くことはどれほど集中していても難しそうだ。

スモーキィな雰囲気ももちろん似合うが、〔8頁目〕の瀟洒な佇まいも素敵。西洋チックな階段との取り合わせが、シックな彼女の出で立ちを際立たせる。

乗馬鞭かなと思ったら、彼女が手にしているのはバラ鞭だ。分散するので音ほどは痛くない、と言われる(打たれたことは無いのでハッキリは知らない)。ちょっと、あれやね、サディスティック・ミカ・バンドやね。ぞくぞく。

 

 

☯️the SHEEP/柳瀬晴日


ピ ン ク だ

柳瀬氏、前回はグリーンティに扮してアンニュイの権化だったのに、今回はスウィート全開じゃないすか。タレ目。「ですぅ~~」とかって語尾つけてそう。

干支でいう未は、『漢書』だと「昧(=くらい。日が届かない)」に通じると説明されていて、後世の格言においても「未辛抱」といわれるので、個人的には可愛いという印象を持ってはいなかった。

それがどうだ? この8ページを目の当たりにして、「可愛い」以外の感想を抱く人間はいるか? いるとしたら相当古い辞書を積んでいるんだろうからアップデートをお薦めする。

シャボン玉といい薔薇といい、〔4頁目〕の両腕を寄せて顎から頬にちょこんと触れさせるポーズといい、ここは平和という名の空間か。ここにいれば核の脅威は消え去るんじゃないか。早く核保有国の首脳連れて来い。

可愛く「めぇめぇ」って鳴いてくれるのかと思って彼女の音声ガイドを聴いていたら、鳴いてくれはしたが、激リアルな声帯模写を披露された。「ベヘェェェェ」みたいな。……上手かった。

余談だが、ちゃんはるさんに「ヒツジ」といえば、想起するのは『Stray Sheep Paradise』である。この時のほうが可愛く「めえめえ」って言ってくれてました、よね? アッ観たくなってきた

twitter.com

 

 

☯️the MONKEY/高田淳


糖質制限……これがプロか……(お腹周りにつき続けるお肉をつまみながら)

めっちゃくちゃ闇抱えてそうだけど、勢いで蹴り飛ばし続けてきた的な。朱色の大盃が似合うこと似合うこと。事あるごとに「っしゃァ!」って言ってるわこの子。
〔7頁目〕で何が起こっているのか気になりますね。

〔2頁目左〕や〔4頁目〕では桃持ってるね。猿と桃は特に中国ではセットで描かれることが多い縁起物。日本でも、桃は魔除けの霊力を持ったありがた~い果実なのである。「オオカムヅミノミコト」と呼ばれ、神として扱われるほどだ。猿と一緒だと、桃太郎のイメージになっちゃうかもしれないけど。

まさにそんな魔除けの力を手に入れたような雰囲気。彼は一瞬で「申年だ」と分かったほどにがっちりと役にハマっていて、とても気持ち良かった。

 

 

☯️the ROOSTER/芹沢尚哉


コルセット男子のおなーーりーーー

マジか……MGCprojectのプロデュース力、これほどとは。
〔1頁目〕の、まるで水を操るマエストロかのような格好や、〔3頁目〕の口がやや開いた状態で視線を外す感じ、彼が自身の生き様や性質に、自信を持っている様が窺える。あー、roosterって単語には「気取り屋さん」って意味もありましたね。

でも自惚れるのも分かる。写真だけど、所作が綺麗なの分かるもん。〔5頁目〕、その透き通ってるようにも見えるキラキラの剣はなんですか……? 自作? 始解すると瑠璃色孔雀になるとか?

f:id:I_verum43:20210111223144j:plain

弓親はかなり好きなキャラである

まーしかしコルセット、良い。とても良い。胴から腿の辺りのシルエットがすごくスムーズに見えて柔らかな印象〔7頁目右〕。本来は締め上げているものなんだろうけど、苦しそうじゃないところは、芹沢さんのスタイルの良さなのかな。

 

 

☯️the DOG/星璃


戌年生まれだから犬が好きです(千葉県・26歳男性)

まあ正確には、動物は総じて別に好きでも嫌いでもないのだが、犬は父方の実家で飼っていたので多少の思い入れがあるというだけだ。あとは、ゆるふわ系の先輩医師(2児の母)に「先生って犬みたいだよね~おうち来る~?」と言われたブリリアントな思い出を引き摺っているのもある。

そんなことより星璃さん。ページを捲る度に、「くぅーん」と淋しげに鳴いていそうな切ない表情と、オオカミのような獰猛さを忍ばせた表情がくるくる変わる。まさに犬っぽい、というやつだ。〔4頁目下〕〔6頁目〕の甘えたような顔! ふわっふわ犬耳! 紅葉もいいよねオレンジ可愛いよねあーかわいいねええよしよしよしよし

〔3頁目〕は左右でトーンが大分異なる。右の"覚醒顔"、最of高やでぇ……。

 

 

☯️the BOAR/藤本結衣


あ~……床を転げまわる私~~

イケメンも美少女も大好きなので、ここまでかなりフラットな気持ちで、造形的美しさや可愛さ、衣装と背景の作り込み具合に没入出来ていた。でも、イノシシこと藤本さんを見ると、ダメだ雑念がすごい! 可愛い!!

陰陽五行論』の本を読みながらも、肉まん食べたり筆で遊んだり、全然集中できてないね。チューターだったころの私だったら、仕事だからしょうがなく一言釘を刺すところだけど、彼女が幸せならOKです! なんでも自堕落許しちゃいます!

f:id:I_verum43:20210111234925j:plain

 

彼女は極端にメイクが現代っ娘だよね。これまでの浮世離れした雰囲気が嘘のように、チャイナガールのコスチュームプレイを地で行くような。いかにも新入りちゃんです、みたいな。でも背景の力が加わると、一気にMisty Glorious Cycleの世界の住人となっているのには恐れ入る。

これを機に藤本さんの写真を拝見した。みんな可愛いのだが、その中でも今回のチャイナ、めっちゃ似合ってるんじゃなかろうか。

そうそう。指摘し漏らすわけにはいかないのは太ももの種子字だろう。ちゃんはる音声ガイドでも「男心を擽るのではないか」と語られている。「私は擽られている」とも。なんて男心の分かるちゃんはるさん……感涙。

 

 

☯️the CAT/窪田ゆうり


(参考写真は神様とのツーショットにあります)

出ました。神話ではネズミに騙されたといわれ、史実からはトラより伝来が遅かったといわれ、いずれにせよ干支に名前を連ねることが叶わなかったネコ。

窪田さんという鉄砲玉をネコに取っておいたのはとんでもない英断のように思う、が、予想していたきゃんきゃんしている若いネコとは少し違った。いつか寝首を掻いてやろうと干支の座を狙っているような、大人の思慮を持ったネコのようだ。
左肩がはだけているのも、やんちゃさの表現というよりは、色っぽさなのだろう。スプリングタイムストロベリーもいいけど、この窪田さんもまた素晴らしいな。

本気を出されたら、あんな首輪では繋ぎ留めておけなそうだ。

 


 

読めば読むほど楽しみが生まれる写真集だ。私は第1弾をよく読み返している。

少しでも興味をお持ちになった方、もしMGCの第3弾が企画された際は参加をご検討あれ!

「スイマセン、オネガシマス! オネガシマス!」

大学時代の話。

 

お昼どきに時間が空いたので、友人と共にキャンパスを出てご飯を食べることにした。

友「そういえばこの前、妙な声が流れてるネパール料理屋の前通った」
私「ネパール?」
友「呪詛のようだった」
私「呪詛?

気になったので行ってみることにする。

 

店の近くまで来ると、店頭でモボモボ鳴っている何かが聞こえる。何を言っているのかまでは聞き取れないのだが、確かに人の声だ。
そして、使用人と思しき女性が、手当たり次第といった様相で通行人に自店の紹介カードを配っている。
興味を持つ人はほぼいないように見受けられたが、彼女はめげずに、めっちゃ追いかけてカードを渡そうとしていた。

そのがっつき具合に違和感を覚えた我々は、"経験に勝るものなし"の精神を以て、一度店の前を通過してみることにした。すかさず女性がカードを差し出してくる。

女「よろしくおねがいします」
私「どうも」
友「どうも」

カードを受け取るやいなや、店の中から何かが飛び出してきた。

主「スイマセン、オネガシマス! オネガシマス!
友「!?」

それはなんと店主だった。恐らく。

友「え、あ、はい、まあその、すんません、えっ、怖っ」

あまりの剣幕に私と友人は逃げようとしたが、10mくらい小走りで追いかけてきた。

 

* * * * * * * * *

 

初夏の気候のなか、恐怖体験をした我々は正常な判断力を失った。
せっかく店主を撒いたのに、とぼとぼと店の前に戻ってしまう。

看板を見る。
ティピカルネパール料理』という名らしい。

典型的なネパール料理。

……典型的。

もしかしてネパールでは違う意味なのだろうか。「人を追いかける」みたいな。

 

「オイシィオイシィヤスィ ティピカルネパールリョウリィティピカルネパールリョウリィ ニジュヨジカンヤッテルゥニジュヨジカンヤッテルゥ スミマセンオネガシマス」

 

ラジカセから延々と流れているこれは、さっき聞いた店主の声だった。
変なところにアクセントがついているせいで、脳を蝕む節回しに仕上がっている。
つーか24時間やってんのか。

「オイシィオイシィヤスィ スミマセンオネガシマス」

そんなに美味しくて安いというなら食べてやろう。

 

店に入った我々を先程の店主が出迎えてくれることはなかった。
なんか中央のテーブルで携帯弄ってた。やる気ゼロかよ。

主「コッチドウゾ」

店の端のテーブル席に通された。
店主は厨房に戻る。店内は暗い。開け放たれている入り口。
そして我々は気付く。

私「あれ……メニュー無いね」
友「あのー、メニューくださいー」

戻ってきた店主は、なぜかサラダを2皿持っていた。

主「ドゾ」
友・私「……?」
主「イマノジカン、コレ。オカワリオケィ。ゼンブジブンデ」
友・私「……??」

店主の指先を見ると、B5のコピー用紙にこう書かれている。

【ランチタイム 食べ放題 ¥1,000
カレー3種
タンドリーチキン
ナン
サフランライス
ラッシー】

友・私「……???」

我々は目を合わせ、蟻地獄のような店に迷い込んでしまったことをアイコンタクトだけで慰め合った。

 

* * * * * * * * *

 

店主の横暴はとどまるところを知らない。

主「コッチニカレーアル。ゼンブジブンデ」(真顔)
私「はぁ……、つまり今やってるのはこれだけってことすか」
主「コッチニ。ゼンブネパールリョウリ。オイシイ」(真顔)
友「あ、このプレートに乗せるんですか」
主「ソレハチキン」(ややキレ)
私「はあ、どうも……」

 

まるで「近い内にこの荷物処分しますんで」とでもいうように壁に寄せ置かれていた容器を覗いてみる。
挽肉らしきものが浮いたカレー紛いのスープ。
ひよこ豆のような物体が見え隠れするカレー紛いのスープ。
なんの草か分からない緑のやつが顔を覗かせているカレー紛いのスープ。
トリプルしゃばしゃばカレー。

そして隣に、木炭かあるいは流木かといった見た目のタンドリーチキン(多分)。

店主は、立ち尽くしている我々を見て「あまりに美味しそうでどれから食べるか迷っちゃ~う(はぁと」と思っているとでも感じたのか、少しニヤついて、我々の持っていた容器に勝手に盛り付けを済ませ、席へ置いてしまった。ラッシーも勝手に注いでいる。普通の店なら当たり前のことだが、我々に対して頻りにセルフサーヴィスだとアピールしたのをもう忘れたのか。怒涛のネパール料理。みすず学苑。

 

「ティピカルネパールリョウリィ スイマセンオネガシマス オイシィオイシィヤスィ ニジュヨジカンヤッテルゥ」

 

私「wwwwwwwwww」
友「どうしたwwwwwwww」

スイッチが切れた。

もはや感情は失われた。

我々はティピカルなネパールの奔流に呑まれたのだ。

 

ネパールを口へと運ぶ。

私「wwwwwwwwww」
友「wwwwwwwwwwwwwww」

ご飯は、誰に習った水加減で炊いたのかお粥になりきれない程度のべちゃっと感で、謎の「おばあちゃん家のような味」を感じる。
カレー紛いのスープはすべて同じ味。
流木は味蕾を潰したくなる塩辛さ。
そして頼みの綱であるラッシーは、サ○ガリアでもまだもう少し濃いめに造るだろうという代物。

こうして、我々のランチタイムは圧壊したのだった。

 

* * * * * * * * * *

 

「オイシィオイシィヤスィ ニジュヨジカンヤッテルゥ ネパールアァー ティピカルネパールリョウリィティピカルネパールリョウリィ」

 

ところで、私と友人は、頻繁に昼食を共にする仲である。
そして、普段から互いにお喋りであるため、周囲に比べて食べるのが遅い。

だがしかし。今日は違う。その口数の少なさ!

二人とも、常軌を逸したティピカルネパール料理に、ニューロンの繋ぎ替えを余儀なくされているのだ。
二人とも、この有無を言わせぬ圧から、一刻も早く脱出させてくれと八百万の神に手を合わせているのだ。

もがく我々に、店主がナンもどきを運んできた。
揚げ餃子の皮のようだった。不味くない。奇跡だ。ありがとう店主。

主「オカワリオケ。ジブンデトル」
友・私「……はい」
主「オキャクサンニホンジン?」
友・私「……はい」
主「コノリョウリゼンブアブラツカッテナイ。ヘルシー」
友・私「へえぇ」
主「『ギー』。ギュウニュウヲギーニスル。ネパールデヨクツカウ」
友・私「そうなんですね~!

ひとつ利口になってしまった。不覚の極みだ。

 

「ティピカルネパールリョウリィ スイマセンオネガシマス オイシィヘルシィヤスィ ニジュヨジカンヤッテルゥニジュヨジカンヤッテルゥ」

 

もはや食事をしているのか悟りを開こうとしているのか分からなくなってきた。
もう少し頑張れば開けたかもしれない。悟りは開いておいた方が就職に有利、ってブッダも言ってた。

我々の15分ほど後に入店したおばさまがいた。
「メニューどこ? あら、そう……」の言葉以降、表情が曇りっ放しで、今は書類と睨めっこしている。
日傘を差しながら息急き切って店に飛び込んできたおばさまの姿も、我々からしたら異常だったのだが、そんな異常さはこの空間では些末な問題だった。

 

こうして、我々の努力は報われた。

完食である。

食べ放題? 知らん。

 

* * * * * * * * * *

 

英世。すまん。こんなことに使うつもりじゃなかった。

友「2,160円ですって言われたらどうする」
私「キレる」

もう用は無い。会計を済ませて店を出よう。

ふと店主を見ると、彼は店内ド真ん中のテーブルでiPhoneを見ながら食事をしていた。ラッシーをジョッキで飲んでいる。接客ナメんな。

「ごちそうさまでした!!!!!」と呼びかけるも、同じタイミングで通行人が来たためか、そちらに迫っていく店主。さらに後ろから来た自転車を追いかけていった。
……我々は既に囚われの身なのだ。彼にとっては、会計より新たな客をひっ捕らえることが優先なのだ。

 

こうして尊い2,000円は、ティピカルなネパールの民に渡ってしまったのである。

しかも店主は、まだ奥の手を残していた。

主「コレ、シゴトトカ、ガッコーノトモダチニワタシテ。ヨロシクオネガシマス」

例の店舗名刺である。7枚くらい渡してきた。
今すぐ紙吹雪にして北島三郎に吹き付けてやりたい衝動を抑え、颯爽と店を出て、そして逃げた。遠くまで。

「ティピカルネパールリョウリィ オイシィオイシィヤスィ」と信号待ちのサラリーマンに呟く程度には、私は精神を汚染されてしまった。

 

一ヶ月後、その店は潰れていた。