論理の感情武装

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「夜な夜な夜な」しか知らない貴方にお勧めする倉橋ヨエコ5選

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イルリキウムです。

 

みなさんは「夜な夜な夜な」という曲を聴いたことがあるだろうか。

2007年、エジエレキ氏によるFLASH非公式PVがニコニコ動画にアップロードされた。
再生回数はミリオンを突破しており、"幻想狂気系ムービー”がお好きでニコニコを巡回していたような仲間たちにおかれては、どこかのタイミングで観たことがあってもおかしくない。

www.nicovideo.jp

 

この心を抉ってくるような歌詞と、力強く纏わりついてくる歌声、嘲るように周囲を飛び回るピアノ。

当時中学生だった私は、「えっ??」と自分の持つ世界観を一瞬揺らされ、そのまま1時間くらいリピート再生した挙句、「はんせーぶん、はんせーぶん、はんせーぶん」と繰り返すロボットと化してしまった。

今思えば、あれが音楽的中毒というやつだった。

 

その後、ヨエコ楽曲で東方MADや艦これMADなどが作られたり、深夜ドラマのくるくる入れ替わるEDテーマに楽曲が起用されたりしているが、「夜な夜な夜な」の知名度には敵わないまま、現在まで時は流れている。

TikTokで「友達のうた」が流行ったらしいので、母集団によってはこっちの方が有名かもしれない)

友達のうた

友達のうた

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倉橋ヨエコは、その歌詞の持つ求心力が強すぎるせいか、感想記事を書いている諸氏の多くは詞に言及することがほとんどである。

しかし楽曲オタクとしては、曲そのものこそ見逃せない。彼女の作品は、掘り下げ甲斐が存分にある。

もし、1曲しか知らない、あるいは倉橋ヨエコ is 誰、と思っている楽曲オタクの方がいたなら、ぜひとも他の曲にも触れてほしい!

ヨエコスキー・イルリキウムのそんな思いを原動力に、今回の記事は展開していく。

 

 

ところで今活動してんの?


彼女は3歳からピアノに触れ、武蔵野音大(器楽科)を卒業。生粋のクラシック出身ピアニストである。

2000年にインディーズデビュー、2005年にメジャーデビューを果たし、作風の幅をどんどん広げていくが、2008年に突如の「廃業」。以来、音楽業界から忽然と姿を消した……。

と、私は思っていたのだが、何やら中国で名義を変えて活動しているという話がある。びっくらこいた。真偽が定かでないので、このことを話題にしているブログ記事を貼るに留めておこう。

jukelog.com

 

 

ヨエコ楽曲のポイント


さて、5選を紹介する前に、彼女の楽曲に触れる上で念頭に置いておきたい「特長」を考えてみたい。

 

① クラシック仕込みの暴れるピアノ&情念のヴォーカル

前述したように、彼女はクラシックピアニストだ。

クラシック曲をそのまま引用した曲もあり、「土器の歌」には、ショパンのピアノ・ソナタ第3番 Op.58 第4楽章が現れる(試聴では聴けない部分でごめんなさい)。

土器の歌

土器の歌

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他にも「喫茶ボッサ」では、同じくショパンの木枯らしのエチュード(Op.25-11)をアレンジしている。ボッサ部分にもフレーズが引用されているし、冒頭部分も原曲がほぼ近い形で使われている(CメジャーのところがCM7になっていたり、左手のおかずが増えていたりするが)。

喫茶ボッサ

喫茶ボッサ

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その経験値を反映してか、彼女の初期曲(インディーズ時代)は、ピアノ+ドラムスと歌声をメインとして構成される曲がほとんどである。

シャバダバ」などのスキャットを多用し、ジャズ・ポップスの曲調をベースにしつつも、オクターブの連打や分散和音などクラシックの基礎技法をふんだんに鏤めたその伴奏スタイルは、シンガーソングライター界を見渡しても、特異的な世界を構築しているといってよい。

歌詞には、女性特有の強い情念が籠ったものが目立ち、鍵盤を強いタッチで叩きながら時に腹の底から、時にユーモラスに歌い上げる様子はまさに、自己の音楽に恭順する"狂気"「狂鍵ヨエコ」という二つ名にも納得だ。

 

② 跳躍音型による執拗なリフレイン

前述したように、こちらの心を雑巾絞りにしてくるような言葉たちを繰り出す彼女のもう一つの武器は、「そんなに何度も言わんでも!」と泣きたくなるような言葉の反復である。

これ、歌詞カードにもちゃんと回数分書いてあることが多い。つまり、表現上のリフレインではなくて、最初から「この回数だけ言う」なる意思を持った歌詞なのだ。まるで流鏑馬。直線的な連撃だ。

そして、この連撃の殺傷力を引き上げているのが、跳躍するメロディ。予想していないところに突然飛んでくる高音は、聴き手を射竦める。

 

例えば夜な夜な夜な

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 〈反省文 反省文 反省文〉、〈感想文 感想文 感想文〉という詞に当てられ、【ソ♯→ファ♯】の短7度跳躍が幾度も繰り返される。曲中、実に17回。

 

ここにいる

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 〈私など いないもいっしょ〉なんて悲哀に満ちた詞だと思いきや、ラテン系のリズムに乗せてファンキーに歌われる。跳躍は大きくないが、その代わりに歯切れのよい発音が突き刺さってくる。サビの歌詞は8割がこれ。

 

損と嘘

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〈う〉の音は、GともG♯ともつかない不思議な当て方をしているが、どちらにせよ7度である。「ソーントォウッ ソォォー」の発音も癖になる。

 

などなど、枚挙に暇がない。

 

③ 未練がましい階名シの終止

ヨエコ楽曲には、メロディの最後が主音で終わらないものが少なくない。

そんな中、特に目立つのは、階名シの音。マイナーキーの楽曲が多いので主音をラと考えると、シはトニックに対して2nd(ルートからは離れているので9thと言う方が正確かもしれないが、私は主音の隣ということを意識させたいので、以降も2ndと呼ぶ)に相当する。

f:id:I_verum43:20210131162037p:plainかねてより、私は2ndでメロを終わらせる曲に並々ならぬ愛情を注いでいる。

あと一歩でトニックに帰らないこの音は、すんなりと安定した場所には留まらずに次に進んでいくぞという意識、あるいは、地に足の付かない浮遊感などのイメージを与えてくれる。

例えば、次のメロディを聴き比べてみてほしい。まず主音で終わるメロ。

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主音で終わるメロディ

安定。帰ってきましたよ感。悪く言えば予定調和。みんなの想像通り。

 

次に、全音上げて2ndで終わらせるメロ。

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2ndで終わるメロディ

軽い。ふわっと夢見心地。おっ、と耳目を引く。まだ展開があるかも。

2nd終止の威力、分かっていただけただろうか。

 

話は戻って、ヨエコ節のマイナーキーにおける2nd終止はどう聞こえるかというと、穏やかでない空気を纏っていることがほとんどで、「これで終わりじゃないからな……」という怨念めいたものを感じさせる。
メジャーでは良い意味として捉えられた"浮遊感"は、マイナーにすると"不穏さ"に変貌を遂げてしまうのである。

 

さて聴いてみよう。まずはコール&レスポンスが楽しい依存症 ~レッツゴー!ハイヒール~

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key=Dm。最後のEは2nd(階名シ)に相当する

 

キャバレー。お洒落スウィング。

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key=Bm。最後のC♯はやはり2nd(階名シ)に相当する

 

雰囲気を掴んでいただけただろうか。

ちなみに、これと関連して、ムード歌謡を想起させる以下の音型が出てくることがある。ヨエコ曲を語る上では外せない響き。コード名でマイナー・メジャー・ナインス(mM9)という。

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どことなく郷愁を誘うような、暗いけど暗くなりきらない不思議な音の重なり。

この独特な響きの理由は、5th(=譜例ではE音。音名ミ)を蝶番にして、マイナートライアドとメジャートライアドが結合されていることによるのではないか。土台にはマイナーがあるので全体的に暗めではあるが、上澄みにはメジャーが隠れている。 この真逆の二面相感。ぞくぞくしますな。

 

さあ!

前置きが長スギ薬局になってしまったが、本題の5選参りましょうか!

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「あらスギ薬局」「いらっしゃいませ~」「あ、こんにちは」「ポイント100万ばーい」

 

こんな曲もあるんだよヨエコ5選


 

部屋と幻(歌:タテタカコ

歌演/倉橋ヨエコ
作詞・作編曲/倉橋ヨエコ

部屋と幻

部屋と幻

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アルバム『お中元』より。

インディーズデビューミニアルバムである『礼』に収録された楽曲を、ピアノ弾き語りシンガーソングライター・タテタカコさんとの連弾&デュエットとしてリアレンジしたものが本曲である。

お勧めポイントは、原曲に比較して打鍵も発声も、エッヂの効きを増している点だ。互いの演奏に乗せられるように、熱を帯びていくピアノはまさに圧巻。
セコンドの左手(=最低音パート)はまるで、ティンパニに両手でマレットを振り下ろしているがごとく。逆にプリモの右手(=最高音パート)は、一音一音の粒立ちが良く、煌びやかである。私は指の力が弱いので、恐らく彼女たちほど強いタッチで弾けない。鍛えなさいよ。

ヨエコさんは鋭く歌い上げるシンガーなのに対し、タカコさんは丸みを帯びたソフトな歌い上げ方をする歌い手である。
声の芯に通る熱さは似通っている一方で、この表面の鋭・滑が異なっているから、それぞれのソロには無い味わいを生み出している。これぞケミストリー……!

 

余談だが、私がカラオケに行くとエンジン全開で歌える曲が3曲ある。そのうちの1曲がこれだ。
残りは「射手座☆午後九時 Don't be late」と「ZONE//ALONE」っす。

 

 

春待ちガール

作詞・作曲/倉橋ヨエコ
編曲/熊原正幸

春待ちガール

春待ちガール

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本記事のコンセプトは、「『夜な夜な夜な』しか知らない貴方へヨエコ曲を紹介する」である。

換言すると、倉橋ヨエコの曲は『夜な夜な夜な』のようなエグみの強いシャバダバピアノ曲しかないんだろ? と思っている人に別ベクトルの楽曲をぶつけてひゃ~~と仰け反らせる」ことが目的というわけだ。

正直言って初期のアルバムはほとんどシャバダバピアノといって差し支えないが、実は最終作から遡っての2盤『色々』と『解体ピアノ』には、趣向の異なる多彩な曲が収録されているのだ。

 

ラストアルバム『解体ピアノ』のM3、みんなのうたで流れてきそうな、キュート極まりないナンバーが現れる。
初めて聴いたときマジでヨエコさんの作曲じゃないと思ったし、なんならカヴァーかと思ったくらいだ(同アルバムには小坂明子「あなた」のカヴァーが入っていることだし)。
何故って、矢野顕子の「春咲小紅」みたいな雰囲気をひしひしと感じるからだ。特に間奏部分の電子音が飛び交う箇所なんか、当時の坂本龍一のコード回しをめっちゃ思い起こさせる(メジャーセブンスの半音移動とか)し、幸宏のエレドラから出てきそうな音もしてるし! これMoog Ⅲc使ってんじゃないの?

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YMOと共にあった"箪笥" Moog synth. Ⅲc(写真は松武秀樹HPより)

でなければ谷山浩子。彼女がハイテンポカワイイ曲を歌うときに似ている。「ニャコとニャンピ」とかかな。

でもこれ、倉橋ヨエコ作詞作曲なんですよね~! 騙されましたね~~!!

ヨエコはヒトの生存に必須の栄養素なので、シャバダバが苦手な方はこれでヨエコ分を補充してもらおう。

 

 

バルンの不思議な旅

作詞・作編曲/堂島孝平

バルンの不思議な旅

バルンの不思議な旅

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アルバム『解体ピアノ』よりM8もいってみよう。

こちらは作詞作曲を堂島孝平氏が手掛けており、彼のセンスが凝縮された爽やかなポップスに仕上がっている。ニューウェイブとかネオアコとかその辺りの風。

全編に亘ってアコースティックギターがパァっと明るく咲いており、その上を厚いながらも清澄なコーラスが漂っている。こんな曲書いてみたいわ。

間奏のエレピで奏でられる単音、これがまた可愛さに拍車をかけている。

サビのフレーズ、なんか80年代っぽいなぁと聴いていたが、松田聖子赤いスイートピー」のサビと音型が似ていたからかもしれない。調が同じト長調で、カブるのもほんのちょっとだけどね。

 

同じアルバムから3曲も挙げるのはな……と思って選外としたが、M7の「恋予報もシティポップの香りを漂わせる名曲。私と趣味の近い、具体的に言うとMOタクのみなさんにおかれては、「バルン~」や「恋予報」なんか結構グッと来るのでは?

「恋予報」は、ティンバレス的な音のフィルインが鮮やか! 似たような曲を聴いたことがあると思うんだけどなんだっけ。

 

 

マネキン人間 feat.松浦正樹

作詞・作曲/倉橋ヨエコ
編曲/不明

マネキン人間

マネキン人間

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シングル『友達のうた』c/w。「マネキンになる」という思考に囚われる主人公という、歴代屈指のサイコホラー的内容を誇る

イントロ。ひたひたと忍び寄るような半音移動、どっかで聴いたことあるでしょう。

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マネキン人間

 

そう。このパターンは坂本冬美夜桜お七」のリフだ。

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夜桜お七

はい! 全くおんなじ音型ですね!

半音単位で揺らしていること、そしてBPM100を遥かに下回るテンポで歩みを進めてくること。何かが近寄ってくる雰囲気がして非常に不気味である。

 

聴き進めると、〈10日前〉〈7日前〉〈4日前〉〈2日前〉と、これまた奇怪なカウントダウンを聞かされる。〈明日マネキンになる〉なんて言葉、キマった双眸をした誰かに目の前で言われたら絶対声出なくなって生まれたての子馬みたいにカックンカックン逃げ出すだろうし、夜の教室の黒板に書いてあったら失禁して卒倒する。

 

最後のメロディ、これは前述のポイントが効いている。

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これはkey=Cmなので、実音レが階名で言うとシ。2ndの終止。

そして上ってくる音を拾うと、ルート+m3+P5+M7+9。ほーらmM9だ! 最高~~!

 

なお、『解体ピアノ』にはExtra Piano Mixとして、高音のデコレーションがド派手になったアレンジバージョンも収録されている。一聴の価値あり。

 

 

残り者

作詞・作曲/倉橋ヨエコ
編曲/倉橋ヨエコ・根上誠二

残り者

残り者

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最後の1曲、何を持ってくるか悩みに悩んだが、コンセプトを無視して情念系ピアノ曲を持ってきてしまった。
理由は偏に、私がもうめっちゃくちゃこの曲が大好きだからである。

ポップスピアノ弾きにとって唾液すっごい出ちゃうような進行も、
〈美しくはなれぬ〉という3連符の上行音型も、
〈あなたのいない空気吸っても〉という大胆な省略も、
全てが私の心臓をむんずと掴んで離さない。

 

後半の〈いないんだもん〉の連発、これぞ倉橋ヨエコという凄みを感じる。
そしてこれも! key=Fmに対してメロはG音で終わっているのだ……!

もうここまでくると呪いだよ呪い。

逃れられない。

あなたももう。

 


 

―― 痛いよ 温かいよ 出会いはそれの繰り返し

   だからいいんじゃないって思います

  (「輪舞曲」より)