論理の感情武装

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「正義」(ずっと真夜中でいいのに。)のサビ冒頭に驚いた人の集い

イルリキウムです。

 

 

今回はなんの捻りも無く、ただただ好きな楽曲語りに興じる所存である。

こちら。ドン。

 

正義/ずっと真夜中でいいのに。

作詞:ACAね
作曲:ACAね
編曲:久保田真悟

正義

正義

  • ずっと真夜中でいいのに。
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

彼女らのデビュー作「秒針を噛む」のMVが公開された頃と、ちょうど私のYouTube巡回の周期が合致し、結果、"界隈に漂う「ヤバい新星が現れた」的空気"を直に感じてしまった私にとって、ずとまよさんは以来ずっと気になる存在である。

というか、既にめっちゃ売れっ子だから気になるどころじゃない。すごい。

 

そんなずとまよさんの曲の中で、私が最も推している楽曲が何を隠そう、「正義」である。

何がそんなに私を惹きつけるのだろうか。

一度腰を据えて考えてみることにする。

 

 

  パッと思いつくところで言うと


・重い強拍と付点のマーチ的リズム隊

・度肝を抜くサビ冒頭メロ

・フレーズ単位でのオクターヴ往復

・貫禄の四七抜きリフ

・これまた貫禄のツーファイヴ・Ⅵm→Ⅴm-Ⅰ

 

こんなところだろうか。

後半の2つはずとまよさんの楽曲に通底するポイントであろう。

ただ、「四七抜き音階」あるいはロック業界風に言うと「ペンタトニックスケール」は、ヒットソングをひっくり返して調べたら死ぬほど出てくる。もちろん、最後のツーファイヴも全く特異的な要素ではないのだ。

それがずとまよさんの"特徴"と(弱いながらも)言えるのは、あまりにその使われる頻度が高いことと、サウンド的な共通点が多いことに因る。

 

※ あと、このツーファイヴは、いわゆる「丸の内サディスティック進行」「Just the Two of Us進行」と呼ばれるコード進行の話と密接に繋がっているのだが……この辺りは、話し始めると長くなるし、何かしらの火種になりかねないので、そそくさと身を引いておく。近年のポップスシーンでそれはもう多用されており、解説している方も多いので、詳しく知りたい方は以下のようなサイトをご覧あれ。

datt-music.com

 

youtu.be

 

 

それよりは前半に挙げた3点に着目したい。すなわち、

・重い強拍と付点のマーチ的リズム

・度肝を抜くサビ冒頭メロ

・フレーズ単位でのオクターヴ往復

これを念頭に、頭から楽曲を聴いていこう。

 


<0:00~ 前奏>

線の細い縦笛のような単音。
伴奏を取るピアノも、寂しい音数のコードをポロロンと鳴らすのみ。
バックには原付のエンジン音だろうか。
全体にレコードを聴いているがごとき薄いノイズの膜が張る。

何とはなしにノスタルジィを喚起する幕開け。

 

<0:20~ つま先だって>

笛が伸ばす最後のC♯の音を引き継いで、歌はC♯からスタートする。ベース音Dの上にM7thで乗るこの音から始まることで、ヴォーカルとオケのラインが変に融和することなく、しっかり聞こえてくる

オケに耳を向けると、コードはサブドミナントとトニックの2つを行ったり来たり。ベースもうねうね動くことは無く、低音域を厚くどっしり埋めている。

一方でメロディはというと、細かなパッセージを盛り込み、〈そっと〉〈散って〉〈抗って〉などの促音を用いたリズミカルなフレージング。この対比も、前述したような歌・オケのラインをそれぞれに聴かせる一助となっている。

もっと言うと、敢えて”分離して”聞こえるようにしているのではないだろうか。
難解かつ多義的に解釈できるような歌詞だが、

つま先だって わからないのさ 

 とか、

ただ体育座りして 抗ってる君と 

 などからは、心理的な距離感を想起せざるを得ない。これが音にも反映されている……、というのはこじつけが過ぎるか?

 

<0:55~ ただ 思い出して>

Bメロを経てサビ。

この冒頭部分〈ただ 思い出して 終わらないで〉を最初に聴いたとき、耳に強烈な違和感を覚えた。とはいえ、途中で止めるわけにもいかず聴き進める。

再び同じようなフレーズが現れた。〈ただ はしゃいだって 譲り合って〉。……ここはスムーズに聴けた。なんだったんだ、冒頭のあれは?

居ても立ってもいられず、一度聴き終わった後に繰り返してサビ部分を聴く。

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【ラ♯ ド♯】!?

まさか、と思う。こんなところで、サビ冒頭の浮いた2音で、両方ともスケールに無い音を当ててくるだろうか。繰り返して聴いてみる……【ラ♯ ド】に聞こえないこともないが、よく耳をすますとやはり【ラ♯ ド♯】だ。

いや、【ラ♯ ド】なら分かる。それはイコール【シ♭ ド】である。シ♭はドと全音離れているし、ドミナントセブンスの構成音でおなじみだし、最終的にドに帰着するなら割と安定したメロディである。

だが【ラ♯ ド♯】は違う。もはやここだけ半音上のキーに上がったとしか考えられない。強烈なインパクトだ。

そして2回目の〈ただ〉では、臆面もなく【ラ ド】に戻っているのだからたまらない。

 

私がこんなにギャーギャー言っているのは、何も音楽的に驚くべきことをしでかしているからばかりではない。

……ここ、めっちゃくちゃ歌いにくいのだ。

カラオケで精確に当てられる人が何人いる? だってACAねさん本人も【ラ ド】で歌っちゃってるもん。名誉のために言っておくが、彼女の歌唱力に難があるわけでは断じてない。メロディが難しい、ということに尽きる

 

もう一つ。

1回目の〈ただ〉の直後にある〈思い出して〉と、2回目の〈はしゃいだって〉とでは、母音に差がみられることにお気づきだろうか。

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ここは大きな跳躍をして、音域のかなり高い位置のF♯を歌うところにあたる。しかもファルセットではなく、地声だ。
1回目のオ段に比べて、2回目のア段の方が口が大きく開くのがイメージできるだろうか。これにより、2回目の方が歌いやすく、声が大きくなり、繰り返しの音型がもたらす印象付けの効果を強めるのに役立つと考える。

 

<1:11~ 生かされてた>

この後の譜割りも歌い手にとってはハードだ。

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〈生かれてた 浅い声の義でるように〉

16分音符ぶん先に飛び出て、拍の頭で伸ばすこのフレージングは、歌ってみると分かるが、非常に音程を取りにくい。
反対に、拍頭に新たな音が来る方が、ビシッと当てやすいのだ。

 

<1:16~ 近づいて遠のいて>

ACAねさんの表現力が発揮されているのが、曲の最後にも登場するこのパート。
全く同じ音型で、上へ下へとオクターヴを往復する。

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彼女の声は、「音域が広い」というよりは、「音域の差による表情の差が豊か」といった方がよいように思う。

低音部ではコーラスと共に歌われて、靄がかったような空気。高音部ではソロで切々と。

この上下動は、〈近づいて遠のいて〉という歌詞ともリンクしているようだ。

 

<1:31~ 間奏>

メロディ楽器に関しては簡潔に述べるが、ここは分かりやすい四七抜きフレーズ。つまり、階名で歌うとファもシも出てこない。撥弦と擦弦のダブルストリングスで奏でられるこちら、さあ一緒に歌ってみよう!

ソララソラーソラ ソラレミレードー|

ソララソラーソラ ソラレミレードー|

ソララソラーソラ ソラレミドーレー|

ソーーーミーーー レーレミレードー|

ラーーーソーーー レーレミレードー|

ソララソラーソラ ソラレミレードー|

ソララソララソラ ソララソララソラ|

ソララソララレド レドラソラーーー|

何とはなしに日本的情緒を感じさせる音階である(なんで日本的かの考察は長くなるので割愛)。

 

間奏でもっと言及したいのはリズム隊である。

実は、サビからずっと同じようなリズムを刻んでいたのだが、間奏では歌が無くなったことによって、非常に分かりやすく聴き手に飛び込むようになっている。

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このような、「ズーンズンタッ、ズーンズンタッ」という付点のリズムを感じられるだろうか? 

一定のテンポをキープするように定常に刻まれるこのパターンに、私はマーチらしさを感じる。フレーズ間に挟まるシンバル4連発も、らしさを増幅させている。

本曲では、そんなマーチのリズムに四七抜きによるメロディが当てがわれているため、勇ましくずんずん進んでいく中にも、僅かながらの侘しさを纏った雰囲気となっている。

「ズーンタズンタッ」の例を挙げておこう。

ホルストの第一組曲から第三楽章。

youtu.be

 

スーザの「星条旗よ永遠なれ」。このように、マーチにはよくあるパターンなのだ。

youtu.be

 

<1:47~ そっと揺り起こしても>

はい。

やってくれましたね。

2Aで新たなメロディの登場です

ずとまよさんは、従来のJ-POPでよく用いられている曲構造を組み替える、あるいは1番と2番で全く異なるメロディを持ってくる、という手法も得意だ。

これだけやられると、1Aは言わば「第2イントロ」みたいなもので、2Aが本当のAメロなのでは? という気にもなってきてしまう。

 

そしてこの2A、メロディどころではなくがっさり曲調も違う。

1Aを思い出してほしい。コード2つを行ったり来たりと揺蕩って、どこかへ展開していく様子などなかった。

他方、2Aはどうだろう。ベースだけ聴いても半音のアプローチが増え、ノンダイアトニックな音遣いが増えている。ちょっとジャズィだ。

 

ぼーっとしていると聴き落してしまうが、2Bもマイナーチェンジが施されている。

1B〈深い昼寝の温度に 慣れてくの?
2B〈青い風声鶴唳 押し込んで

1B〈飛び跳ねた笑みだけ 間違いそうもなくて
2B〈いつでも帰っておいでって 口癖になってゆくんだ

面白いのは、後半に行くにつれて盛り上がる音型になる曲が多いところ、〈慣れてくの?〉と〈押し込んで〉では前者の方が高い音を使っている点だ。2Bではそのあとに〈口癖になってゆくんだ〉のオクターブ上が出現するので、しつこくなるのを避けてメリハリを出すため……だろうか。

 

<3:34~ まだ 聞こえないで>

ラスサビから後奏にかけて、音楽的には前述したとおり。

ただ、曲を聴いただけでは分からない歌詞に、ACAねさんの言語操舵センスが垣間見える。

〈ただ はシャイだって 笑いあって さよなら差?〉

〈地下着いて 問い解いて 笑いあってみタンダ〉

〈チカヅイテ 十ー退イテ 巡り合ってみたんだ〉

詞の解釈ブログは数多あるので内容考察はそちらに任せるが、曲だけではなく歌詞も噛み応えがある一曲である。

 


 

サビ冒頭の話だけがしたかった。

 

また次の楽曲語りでお会いしましょう。